母が入居してる施設に行く。
ボケ老人の一言に、時々ドキッとさせられる。
94歳の女性、Yさん。
この方は、施設の職員さんに何かをしてもらうたびに、右手を上げて拝むような格好をして、「ありがとございます。ま〜、もったいない」と言われる。
これは、なかなか良い習慣である。
よくできた人、という感じがしますよ。
Yさんの娘さんが来ておられた。
帰り際に
「じゃ、帰るわね」
「あんた、私をこんなとこに捨てて帰るんか」
そんな意識はなくなってるとは思うのであるが。
同じく94歳の女性Mさん。
明るく楽しい女性であったMさんも、この一年で急速に衰えて、自分からの発言は非常に少なくなった。
そのMさんが、ときどき「はよ死にたい」と言う。
ふつう、ボケた人は言いませんがね。
今日は、自分で入れ歯を外して床に投げ捨てた。
職員さんが拾いに行くのを見る目が、実に意味ありげな目である。
自分が悪いことをしたことが分かっている時の子供みたいな目。
職員さんがどう反応するかを試していると思う。
自分はまだ尊重されているのか?
自分の存在価値を確かめているのでしょう。
私が帰る時あいさつすると、
「にいちゃん、また来てや。あんた来てくれへんかったらさびしいからな」
わかってるのかな?
母が入居してまもないころ、母の手を引いて歩いてると、入居者のAさんが目を細めてニコニコと見ておられた。
母に近づくと、
「いいわねえ、おねえさん、手をつないでもらって。おねえさん、この手をはなしたらダメよ」
これまでに一番ドキッとしたのは、数年前の母の一言であった。
骨折した母は、急速にボケが進行した。
病院で母の車椅子を押していると、母がぽつりと言った。
「なんでこんなことになってしもたんやろ。私はよっぽど悪いことをしたんやろか」
一瞬、自分の状態がわかったのであろうか。