十年程前まで取引のあった会社に、Wさんという人がいた。
塗装現場で働く四十歳くらいの人でだった。
鳥取の中学を出て大阪で就職、今の会社に入って十年以上になるという。
いかにも真面目そうな人で、分工場の責任者のような立場であった。
当時、私は、しょっちゅうその会社の分工場を訪問していた。
Wさんとはよく話をした。
気のよい、話好きの人で、趣味のつりの話や、ソフトボールの話、子供の話などをしたのを覚えている。
典型的な真面目な労働者であり、家庭的ないいお父さんという印象だった。
そんなある日、私は、何日かWさんを見かけないのに気付いた。
他の社員さんに聞いてみた。
なんと、Wさんは失踪したという。
パチンコにこって、サラ金に手を出しという、お決まりの話であった。
しかし、あのWさんが、と不思議に思った。
半年ほどして、Wさんは現れた。
何事もなかったように勤めていた。
私も、何事もなかったように振舞った。
Wさんは、失踪前と変わらず、真面目で、気さくで、話好きだった。
それから程なく、その会社との取引がなくなって、私はWさんのことを忘れてしまった。
昨日、会社にやってきた人と話をしていると、その人はWさんのいる会社と取引していると言う。
私は、Wさんのことを思い出した。
「分工場のWさんはお元気ですか」と聞いた。
なんと、Wさんは失踪したという。
しかも今度は、失踪して十年近くになるという。
一度めの失踪から復帰して、すぐの話ではないか。
あの、おとなしそうな真面目そうな人が。
失踪して、家と会社に戻るにあたっては、相当な波風があったであろう。
頭を下げまくり、二度としませんと誓い、身から出たサビとは言え、肩身の狭い思いをしたことであろう。
再びもとの生活を取り戻せたのである。
そして一年もしないうちに失踪。
不思議である。