若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

「プラートの商人」を読む

フィレンツェ近郊のプラート市の市庁舎の前に、為替手形の束を持った、フランチェスコ・ディ・マルコ・ダティーニという商人の銅像が立っている。
それがこの本の主人公である。

彼は、14世紀の人で、貧しい家の出身ながら、持ち前の才気と強欲に物を言わせて莫大な財産を築き、子供がなかったので全財産を故郷に寄付したのである。

彼は極めて細かい人であったので、十数万通にのぼる商業上の手紙や私信を全て保存していた。
それが19世紀に発見され、この本は、その資料をもとに彼の商業活動と家庭生活を描いたものである。

例によって、私の関心は主題から外れる。

フランチェスコがすでに成功を収めていた三十代の頃、彼はある人から頼まれて、ボローニャ大学で法学を学ぶ同郷の貧しい学生、セル・ラーポ・マンツェイに学資を援助してやる。

これがきっかけで、十五歳も年の違う二人は終生の友となる。
年も違うし、一人は商売一筋で莫大な財産を築いた大商人、一人は十四人の子持ちの信心深い貧しい公証人。
この二人が、実に深い友情で結ばれるのである。
両方の奥さんもあきれるほどの仲の良さでなのである。

セル・ラーポの奥さんは、フランチェスコからの手紙を読んでいる間は、夫は何を言っても返事もしない、とぼやいている。
フランチェスコからの手紙を読んでゲラゲラ笑う夫に、あんた達は気のあった道化みたいだね、等と冷やかしている。

フランチェスコの奥さんは、セル・ラーポに、あなたの手紙で主人の気が晴れるようだから、せっせと書いてやって下さいと頼んでいる。

フランチェスコは、いろんなものをセル・ラーポにプレゼントするし、セル・ラーポは感謝して受け取る。しかし、あまり気前よくプレゼントすると、
「多すぎるのはうれしくないのです」なんて手紙が来る。

フランチェスコは妻への手紙にこう書いている。
「セル・ラーポには大変世話になっているから、どんなにしてもとても返しきれないのです」

セル・ラーポは、絶えず忠告している。
「そんなに稼いでどうするのですか。あなたは働きすぎです。もっと人生を楽しみ、神のことを考えなさい。あなたは私よりはるかに多くの財産を持っているが、私より幸せだとは思えません」
そして、こんなことも書いている。
「友達には言いたいことを言う権利があります」

六百年前の美しい友情である。