若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

悲劇のヒロイン

昨日、高校時代の友人S君と飲んだ。二人では時々飲むが、今回初めて夫婦で会うことにした。
十数年前の同窓会で久しぶりに彼と会って、近くに住んでいることを知った。おまけに三人の子供が同じ年であった。
彼の次男とウチの次女は中学で同級だった。親子二代同級生である。一番下の息子同士も中学でいっしょだった。ウチの息子は一時教会の「日曜学校」に通っていたが、彼の長女が「リーダー役」でお世話になった。彼の奥さんとウチの奥さんはPTAでいっしょだった。複雑に関係しあっている。

彼の奥さんは悲劇のヒロインである。数年前、奈良随一の音響を誇る「秋篠音楽堂」において開催されたチャリティコンサートで、「鹿せんべいツイスト」を引っさげた私が衝撃のデビューを果たした時、その晴れ姿をひと目拝まんものと駆けつけたS君夫妻は何の因果か渋滞に巻き込まれて華麗な伝説のステージを見逃してしまったのだ。

身の不運を呪う二人をなぐさめる言葉もなかった。S君はどうでもいいが、奥さんがかわいそうだ。以来ずーっと奥さんを気の毒だと思い続けてきた。
あれほど、「見られなくて残念です!次の機会にぜひ!」と言ってくれた奥さんであったが、その後「鹿せんべい飛ばし大会」当日になると何かしら用事ができて一度も来ることができない。

運のない人だと同情していたのであるが、今年のはじめS君と飲んだ時、奥さんが「鹿せんべい飛ばし大会」に行くと言った。「ボランティアで会場の整理をするので、ついでにお前のステージも見られるだろう」というのだ。
会場整理のついでに私のステージを見られるとはぜいたくな話だ。
S君との結婚以来ツキに見放されたかのような奥さんにもやっと運が向いてきたのか。そう思って喜んでいたら、得意先の葬式で私が欠場。まさに悲劇のヒロインである。

四人で飲んでいて、S君と私が、「奥さん」「奥さん」と呼んでいるのに気づいた。これはいかん。女性の個人的尊厳を無視した呼び方だ。私は、名前で呼ぼうと提案し全会一致で了承された。
しばらくして私は、女性を名前で呼んでS君と私が姓ではバランスが悪いと思った。そこでS君に私たちもお互いに名前で呼ぼうと提案したが拒絶された。
「洋二郎!」「鹿之助!」
そんなアメリカ人みたいなことはしたくないという。
国際化の波に乗れない遅れた人だ。