朝の電車では、いろんな人がいろんなものを読んでいる。
いつも週刊誌を熱心に読んでいるおじさんがいる。
どれくらい熱心かというと、駅に止まってドアが開いても読んでいる。
この人はこの駅で降りるのであるが、読み続けている。
ドアのところに立っているので、迷惑である。
いったいなにをそんなに熱心に読んでいるのかと、のぞいたことがある。
その人が熱心に読んでいたのは、「黒酢健康法」という宣伝のページであった。
その後もう一度のぞいてみたら、そのときは、「卵黄パワーの秘密」という宣伝を読んでいた。
私は「準急」に乗ってA駅まで行って、「各駅停車」に乗り換えて、次のB駅で降りる。
私といっしょにA駅から乗ってB駅で降りる男性は、いつも本を読んでいる。
私も毎朝電車で本を読むが、さすがにA駅からB駅の間で読む気はしない。
1分ほどなのである。
今朝もこの人は私の前で背を向けて本をひろげた。
何気なくそのページを見ていた私の目に、こんな活字が飛び込んできた。
「鹿之助の申すことも道理じゃ」
びっくりした。
一瞬私のことかと思った。
「尼子一族の再興を」とか書いてあったので、山中鹿之助の話ですな。
ページの下のほうに、「鹿之助流転」と書いてあるので、これはそういうタイトルの物語なのである。
「鹿之助流転」
どんな話か。
私の「流転」なら、川を渡ろうとして流されて、這い上がった岩で滑って転ぶ話ですね。
私は、「鹿之助流転」を読んでいる男性の肩をたたいて
「もしもし、わたくし、若草鹿之助と申します」とあいさつしようかと思ったが、やめた。