朝の電車で、久しぶりに「昨日の新聞の人」を見かけた。
今朝も、左右のつり革の取っ手に自分の手を入れて、眼鏡をおでこに上げて、昨日の朝日新聞朝刊を読んでいた。
一日遅れの新聞を読んでいるというだけで、なんだか謎の人物のように思える。
「謎の人物」と思われたい気持ちは誰にもあるのではなかろうか。
長女が小学一年生のころ、私は休みの日には、歩きはじめた息子を連れて近所の公園によく行った。
ある日、ブランコの近くで息子を遊ばせていると、小学一年生くらいの男の子が三人やって来てブランコに座ってしゃべりはじめた。
彼らの話を聞いていると、どうも娘と同じ組の子らしい。
そのころ、私は仕事から帰るのが早くて、夕食は子供達と食べていた。
食卓で、長女は学校でのことをしゃべりまくり、次女は幼稚園でのことをしゃべりまくった。
二人で猛烈にしゃべりまくるので、食事を終えた娘達がテレビを見に行くと、我が家の食卓は火が消えたようになったものである。
で、私は娘達のクラスのことは非常によく知っていたのだ。
ブランコに座った男の子が、息子を指して私に言った。
「おっちゃん、その子ブランコに乗りたいんやったら、かわろか?」
ま〜!かわいいことを言ってくれるではないか。
「ありがとう、岩下君」
岩下君は目を丸くした。
「え!おっちゃん、ボク知ってるん?」
「知ってるよ。君は伊藤君で、君はキム君やろ」
「えー!なんで知ってるん?」
彼らはうれしそうに私を見た。
「岩下君は三月生まれで組で一番小さいやろ。キム君は転校してきたとこやけど、もう友達できたか」
彼らは気味悪そうに私を見た。
むはは!今や私は、単なる「小さな男の子を連れたおっちゃん」ではなかった。
「謎のおじさん」なのであった。
「昨日の国語の時間はお手紙ごっこやったな。誰に手紙書いた?岩下君、山見先生が、『岩下君が騒いで困る』て怒ってはったぞ」
「・・・・お、おっちゃん・・・・山見先生も知ってるん?・・・ボクが騒いで怒られたこと、なんで知ってるん?・・・」
彼らは、ボーゼン自失といった態で私を見つめていた。
娘が、学校で私の正体を明かすまでの短い命ではあったが、私は、「謎のおじさん」を楽しんだのであった。