十年ほど前のクリスマスイブの物語である。
小学生だった息子が剣道を習っていた。
道場への送り迎えは家内がしていたのだが、その夜、急に具合が悪くなって、私が迎えに行くことになった。
私は晩酌党である。
二合飲んでいたが、一時間ほどたっているし、大丈夫、のはずであった。
道場で息子を乗せた。
走っているうちに、不安になってきた。
クリスマスイブだ。
飲酒運転の取締りをしているのではないだろうか。
私はほとんど車に乗らない。
仕事での接待もないから、飲酒運転とは全く無縁である。
だから、私にとって、飲酒運転は凶悪犯罪であった。
酒を飲んで運転する機会などないのだから強いもんだ。
飲酒運転の取り締まり?どんどんやれ!と思っていた。
その私が!
だんだん不安が高まってきた。
この道沿いに、大きな警察署があって、その手前でよく検問をしているのを思い出した。
「こんな時に限って」「運悪く」「まさかあの人が!」
いろんな言葉が渦巻いた。
そうだ!脇道に入ろう。
警察署のだいぶ手前で、左に入る道がある。
住宅街の坂を下って川に出る。
右折すると、川と中学校に挟まれた細い道だ。
数百メートルの道だが、すれ違えない箇所もある。
検問には不適当な道だ。
脇道に入った。
しばらく走ったところで心臓が止まりそうになった。
中学校の前に警官が立っているではないか!
なんということだ!
強盗でもあったのか?
不審者の検問であろう。
こっちは剣道着の小学生と、父親らしきイケメンナイスミドル。
大丈夫だ。
人のよさそうな警官がニコニコ笑って近づいて来た。
「飲酒運転の検問で〜す」
目の前が真っ暗になった。
再び言葉が渦巻いた。
「天網カイカイ疎にしてもらさず」「飛んで火にいる夏の虫」「敵もサルものひっかくもの」「策士策におぼれる」
我ながら語彙の豊富さにホレボレする。
警官は顔を近づけると
「ウインドウ、全部下ろしてください。私に向かって『ハー!』って言って下さい」
さっきは、人の良さそうな警官がニコニコ笑っていると思ったが、改めて見ると、人の悪そうな警官で、ニヤニヤ笑っている。
「あのねー、あなたねー、私がどういう思いでわざわざこの細い道を来たかわかってるんですか!」と言いたかった。
警官は、「オレの目を見ろ何にも言うな!」と言っているようだった。
つづく