高校の美術部の後輩のH君が亡くなった。
よく死にますね。
彼は、鳥取の大学の医学部に進んだ。
大学へ入ってすぐの頃、はがきが来た。
「推理小説が読みたいので推薦してください」
彼は、「ランボー・ボードレール派」だった。高校時代、私の周囲には「ランボー・ボードレール派」が多かった。
私はそのような愚かなグループには属さず、推理小説を読んでいたので、そんなはがきをよこしたのだろう。
何を推薦したか忘れたが、すぐ彼からはがきが来た。
「言わせてください!オモシロイ!」と書いてあった。こういうことは忘れないものだ。
医者になりたての頃、美術部の仲間と飲んだときのこと。
U君が、なんだかH君を責めている。
聞くと、H君がU君のことを「先生、先生」と呼ぶので、やめろと怒っているのだ。
あまり社交的でなく、内向的なH君は、医者仲間以外と付き合いがなく、「先生」と呼びかけるのが癖になっているのだろう。
私は、H君に厳しく言った。
「Uを『先生』と呼ぶな!」
H君は、ばつの悪そうな顔で笑った。
「私を『先生』と呼べ!」
H君は、なんともいえないような顔で笑った。
広島に住んでいたT君と、O君が、広島の飲食店は安いと言い出した。
「こんなステーキが!」「こんなえびが!」「大トロが!」
「広島は異常や!」「広島はおかしい!」
どこにも安い店はあるだろうと言うのに聞かない。
「とにかく広島はおかしい!」
「ほんま!おかしい!」
うるさいやつらじゃ。
黙らせよう。
「原爆落ちたからな」
二人は顔をゆがめて黙った。
ところが、H君がげらげら笑い出した。
どうしたのだ。彼は、こういう高級な冗談、あるいは悪ふざけが理解できる人ではないのだ。
げらげら笑う彼の顔を不思議に思って見ていたら、はっと我に返って真顔に戻った。
そして、私に指を突きつけると、目をつり上げて猛然と食って掛かった。
「洒落になってへんやんかー!」
広島もおかしいか知れないが、H君がおかしいことはたしかだ。
去年の暮れ、はがきが来た。
「ロックを聞きたいので推薦してほしい」と書いてあった。
推薦の手紙と「鹿せんべいツイスト」のCDを送った。
返事が来ないのでどうなってるのかと思ったが、T君の話では、私が推薦した「ロック」は聞いていたそうだ。
感想を書かずに死んでしまって、心残りに思っているであろう。