今年買った鉢植えの小さな金柑に、家内がアゲハの幼虫を見つけた。
鳥の糞がついているのかと思ったそうだ。
それくらい似ていた。
大自然の不思議である。
これはアゲハの幼虫だと思って、次に気づいたときは青虫になっていた。
二匹である。
十数年前、庭の金柑にいるのを捕まえて育てたことを思い出した。
写真に撮ってみた。
なかなか美しいものだ。
二匹の間に交流はなさそうに見えた。
兄弟なのか、あかの他人なのかもわからない。
彼らにはわかっているのかもしれないが。
小さな金柑なので、お互いその存在には気づいていると思うのであるが、気にすることなく、我が道を行くという感じでむしゃむしゃ葉っぱを食べていた。
きのう帰ると、家内が「青虫がいなくなった」と言う。
鳥に食べられたのだろう。
その心配はしていたのである。
十数年前のように、箱に入れて飼おうと言っていたところだった。
一匹を「太郎」、もう一匹を「お蝶夫人」と名づけて、育てるのを楽しみにしていただけに、残念である。
なかなか厳しいものだ。
気楽そうに飛んでいる蝶々は、奇跡的生き残りなのですね。
彼らは、仏様か神様かに、感謝しつつ飛んでいるであろう。
「生かされている」ことを身にしみて感じつつ飛んでいるであろう。
しかし、鳥もよく見つけるものだ。
写真を撮ろうとして近づいて目を凝らしても、探さなければわからないくらいなのに。
ウチの子供たちも、小さい頃、チョコレートなどを隠しておいても見つけ出すので感心したことがある。
鳥には青虫がおいしそうに見えるんでしょうか。
コンラート・ローレンツは、ライオンがカモシカを追いかけているとき、攻撃的感情などはなくて、ただ、「おいしそー!」と思っているだけだと書いていた。
このあたり、鳥やライオンに聞いてみないとわからない。