若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

遺された絵

無言館・遺された絵画」という展覧会を見に行った。

無言館」は主に「戦没画学生の遺作」を集めた美術館だ。
無言館」のこと知ったのはいつごろだったか。
すばらしいアイデアだと思った。

戦争から生きて帰った画家の野見山暁治さんが、戦死した美術学校の仲間の遺族を訪ねて遺された絵を見たことから始まった事業のようだ。

今回は、数十人の絵が展示されている。
無言館」という努力がなければ、この人たちの絵が陽の目を見ることはなかっただろう。
また、この人たちが戦争で死なず、戦後画業に励んだとしても、自作を多くの人に見てもらえるような画家になれたのは一人か二人だろう。

そう思って絵を見ていると、こうして出会っているのが不思議に思える。
すべてが不思議な出会いであるのに、それに気づかず生きているのだなということに気づく。

立派な作品もあり、愛すべき小品もあったが、正直なところ、もっとすばらしい作品が集まっていると思っていた。
「名人」とか「巨匠」といわれる画家、例えば安井曽太郎とか小磯良平とかの画集を見ても、二十歳過ぎくらいが一つの頂点のようだから、今回展示された人たちの「最良の作品」にはちがいないのだろうが。

「特別の作品だと思いたくない」、というひねくれた気持ちになる。
しかし、モデルになった妹が、出征直前に何度もポーズをとらせた兄さんの思い出を語っている絵の前に立つと、「特別の絵だ」という「邪念」がわいてしまう。

兄弟二人が画家を志して二人とも戦死という例もある。
この兄弟が、たぶん妹と思える少女の肖像を「合作」している。

「これは特別の絵ではないのだ」というひねくれた気持ちを押しのけて、「これは特別の絵だ」という邪念が沸き起こるが、絵を見ているうちに、ひねくれた気持ちも邪念も消えてしまう。

絵の中の少女は、陽を浴びてまぶしそうに目を細め、なんだか泣き出しそうな表情でこっちを見ている。
明るい陽の中の少女をまぶしそうに見つめて今にも泣き出しそうなのは、描いている兄さんたちだ。

この数十人の人たちも靖国神社に祭られているのだろう。
生きて虫けら死んで神様という感じだ。
絵が残ったおかげで、虫けらでも神様でもないのに、虫けら扱いされたり神様扱いされたりの若者を知ることができる。