母が入居している施設に行った。
前に行ったとき、職員さんから、かなり話のわかる男性が入居する予定だと聞いていたので楽しみにしていた。
このところ、会話のできる人がなくてさびしかった。
一番ましな大正8年生まれの女性Sさんは、よく話をされるが支離滅裂だ。
で、楽しみにはしていたのであるが、男性ということであまり期待していなかった。
偏見かもしれんが、ぼけた男はダメだ。
難しい顔をしてむっつりしてるか、えらそうに怒鳴るかのどちらかだ。
新入居者Nさんの顔を見た瞬間、うれしくなった。
温厚で明るい表情だ。
こういう顔になりたい。
顔は大事ですよ。
腕時計が緩んでいるのをしめてくれと言われた。
口調もおだやかで明るい。
「何年生まれですか」
「大正13年。工業学校を出ました。A工業、二流や」
「い、いやそんな。一流ってどこですか?」
「都島工業やね」
「戦争は行きました?」
「海軍です。この靴、海軍の靴です。イカリのマークついてるやろ?」
「ないですねー」
「ないか?このズボンも海軍の。この柄が海軍の柄やね」
「こんな派手なズボンはいてたら怒られますよ」
「どっかにイカリのマークついてるやろ?ないか?」
Nさんは色白でスタイルもいい。
海軍さんはもてたでしょう、と言おうと思ったら、小指をピンと立てて
「もてたで、海軍。帰ったらいつでも女の子が三人ほどついてきよった。(私の横の家内を指差して)こんなべっぴんさんが三人。抽選や」
「ちゅ、ちゅーせん!?」
「海軍の敬礼は、こう!陸軍みたいにひじを張らん。ひじを張ったら船やら飛行機にぶつかるからね」
家内が、「こうですか」と敬礼をしたら
「あんた、うまいがな」
私が、「海軍将校ですからね」と言うと
「ああ、将校タイプやね」
「戦地には行きましたか」
「行きました。朝鮮。ヨーロッパ」
「ヨ、ヨーロッパ!えらい遠征したんですね。終戦のときは?」
「フィリピンです」
「フィリピンは大変でしたね。大勢死んだでしょう」
「いや、そんなに死ぬもんやない。五人に一人くらいやね」
「位はなんでした」と聞くと、はじめは、一等下士官、しばらくすると兵長、そして海軍少尉とあっという間に出世していくのであった。
帰り際にあいさつすると、「あんた、話わかるわ。もっと居りいな。さびしいがな」
また来ます!