二、三日前、会社の帰りに電車から降りたらバス停に大勢人がいた。
竹中さんが来ていたのだ。
バスターミナルの中ほどの花壇に立って演説を始めた。
私はバスに乗り込んで聞いていた。
バスはすぐ動き出した。
熱弁をふるう竹中さんの目の前を、失礼しますとも言わず、ほとんど選挙妨害ともいえる感じでバスは通り過ぎた。
特等席だ。
竹中さんを一番近くで見たのは私たちバスの乗客だ。
私は座席にふんぞりかえったたまま竹中さんを見下ろして、しばし優越感を味わった。
バスターミナルを出る所で信号が赤になったので、バスは堂々と竹中さんと聴衆をさえぎり、排気ガスと騒音をまきちらしながら竹中さんの演説を妨害した。
竹中さんはバスにも負けず、「こんないさぎよい首相が今までいたでしょうか!?」と何度も繰り返していた。
その訴えが、私のひねくれた耳には、「こんな単純な首相が今までいたでしょうか!?」と聞こえていたのを竹中さんは知らないであろう。
信号が青になったので、竹中さんに排気ガスを浴びせつつ、バスはターミナルを出た。
ターミナルを出るあたりに、屈強な男が何人か立っていた。
全員イヤホンをして傘を持っていた。
警護の人なのだろう。
きのうは会社近くの電車の駅で、共産党の人たちが演説していた。
中年の女性ばかり数人が、マイクもスピーカーも使わず、声をそろえて熱心になにごとかを訴えていた。
騒音をまきちらさず近所迷惑にならないことはたしかで、好感を持ってもいいところだが、いくらなんでもそれでは誰の耳にも届かんでしょうという気がして、気の毒にも思い、いらいらもするのであった。
うるさくてもはっきり聞こえた方がいい。
帰りのバス停で、ときどき老婦人が一人何事かを訴えていることがある。
この人も、スピーカーなしで道行く人に訴えているので何を言っているのか聞こえない。
般若心経を読み上げていることもある。
先日は、「せっかくいただいた命、そまつにするな〜」と言っているのがかすかに聞こえた。
絶叫してほしいところだが、迫力のない、老婦人のつぶやきなのである。
いったい何をしているのか、どういうきっかけで始めたのか聞きたいと思うのだが、聞きに行ったらただでは済みそうにないのでいまだに聞けないでいる。