若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

しみじみ

4月の発表会のビデオを見た。
ヤマハを代表するボーカル、若き地獄の狂獣K君の叫びをしみじみと聞いた。
かなりうまい人の歌を聞いてもしみじみするところまでは行かないが、K君がのたうちわめく姿を見ているとしみじみする。

人間の不思議さに打たれるという感じだ。
ヤマハで初めて私を打った人はKさんだ。
私より年上のハワイアンファンで、ウクレレも歌もうまいとは言えないと言うよりヘタだと言ったほうが早いし正確だ。
一流企業の課長で定年退職して悠々自適の人がなぜ人前で恥をかかねばならぬのか。

Kさんから、ライブバーで週一度ライブをやることになったと聞いたときは一瞬耳を疑った。
「毎週月曜日、8時から一時間ほどやります」
一時間ももつのか?

すぐ納得した。
そのバーは無料で店を貸して演奏させてくれる。
友人知人が来て飲み食いしてくれるだろうという計算だ。
バーの主人が、Kさんほどのトシと経歴の人ならつきあいも広く家族友人知人も多いにちがいないと考えたのだろう。
素人の浅はかさだ。
前もって私に相談してくれたら、Kさんが客を連れてくることは絶対無いと教えてあげたのに。
Kさんは孤独な人なのである。

一年過ぎた頃Kさんから電話がかかった。
一周年記念ライブをやるので来てほしいと言う。
続いていたのか!

「わかりました。8時からでしたね」
「いや、6時から」
「ろ、6時!早いですね。仕事終わってすぐ行きますが、6時半くらいになるかもしれません」
「いや、6時20分くらいには終わります」
「イヤに短いですね。8時から一時間じゃなかったんですか」
「はじめはそうだったんですが・・・マスターがね、客の入らんうちに始めて早く終わってくれと言うもんで」

ふつうそこまで言われたらやめるでしょう。
一周年!

仕事もそこそこに駆けつけたら客は私だけだった。
Kさんは楽譜立てを前においた。
店内は非常に暗い。
楽譜がよく見えるよう小さなランプを用意していて楽譜立てに取り付けた。

スイッチを入れるとKさんの顔が下からボーっと照らし出された。
ハワイアンというより怪談牡丹灯篭の始まりという感じだった。

暗がりの中、下からのライトに照らされてKさんは「バリバリの浜辺」を歌った。
ウクレレをかき鳴らし身をくねらせる幽鬼のごときKさんに私はしみじみとしてしまった。