朝、駅の階段を下りていると、怒鳴り声が聞こえる。
選挙だなと思う。
若い男が、三人、口々にわめいているので何を言っているのかわからない。
のぼりを見て驚いた。
共産党だ。
この駅で共産党のビラを配っているのはいつも高齢者である。
共産党は中高年の党になったと思っていた。
若者にも驚いたが、横に立っている「幹部」みたいな男にも驚いた。
50代だろうか。
真っ白いブレザーに黒のシャツ。
遊び人風である。
共産党大変身か。
子供の頃、選挙はなんだかわからんが楽しいイベントであった。
ポスターが貼られ、選挙カーが走りまわる。
にぎやかでうれしい。
市長選挙の前の夜のことだ。
玄関で音がしたので出ると、郵便受けにビラが入っていた。
「刑事被告人を市長にするな!」
その恐ろしいビラを父に渡した。
父は、「う〜ん、これはこたえるやろな〜」と言ったが、こたえなかったようでその人が当選した。
市長選挙といえば伏見格之助先生だ。
小学生の私にとって、数あるナゾの中でも伏見先生は最大級のナゾであった。
やせた背の高い伏見先生が、朝礼台に立って着任のあいさつをした時からなぞめいていた。
他の先生みたいに、「伝統あるこの小学校」とか「元気な皆さんの顔を見て」というようなことは言わなかった。
まったくの無表情であった。
新学期が始まってすぐ、職員室に入って驚いた。
奥の真ん中にある教頭先生の巨大な机の横に、それに勝るとも劣らぬ巨大机が置かれ、なんと、来たばかりの伏見先生が座っていた。
無表情のまま。
これはいったい?
伏見先生は偉いのか。
しばらくすると新たな情報が私たちを困惑させた。
「伏見先生は何も教えていない」
何も教えない先生?
なぞは深まるばかりであった。
そして、ある日、衝撃的情報が我が校を駆けめぐった。
「伏見先生は校長先生より偉いらしい」
これは決定的であった。
小学生にとっては理解不能、お手上げだ。
私たちにとって、伏見先生は存在しない人になった。
誰も気にしなくなった。
卒業して何年か後、市長選挙が行われた。
「革新系市長候補伏見格之助」
出た!
小学校生活最大のなぞが解けた。
伏見先生は教職員組合の人だったのだ。
小学生には手にあまるなぞでしたね。