若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

学芸会

朝の駅で、皆様おなじみ県会議員のTさん。

「朝まだ暗いうちから、この学園前駅を通じましての御出勤、また御通学、まことにご苦労様でございます。寒さ厳しい早朝からの御出勤に対しまして、心からの敬意を表明させていただき・・・」

私のほうこそ敬意を表明したいと思う。

電車では、また幼稚園の先生がノートを広げていた。
この先生は、メイクとファッションがややハードです。
今朝は、黒いレザーのジャケットとスカート。
靴はブーツではなくふつうの黒の靴であるが、つま先とかかとに、なんちゅうか、ピカピカのゴールドの部品が取り付けてある。
「ちょっと、アクセントとして」という程度ではない。
「靴にがっちり金属部品を装着した」という感じで、目立つ。

ルパン三世」の復習のようだが、今朝はあまりにも私の真正面に立たれたので、うまくのぞき見ることができなかった。

かろうじてこれだけ見えた。
「照明やや暗め→暗転」
「結婚式」

私は、学芸会の記憶がない。
幼稚園の時、「イエス様の誕生」みたいなのをしたように思うが、何も思い出せない。
小学校は、講堂がなかったと思う。
四年生くらいの時に、教室兼講堂ができた。
教室が三つつながっていて、開閉できる仕切りがあった。
卒業式などのときは、仕切りを開いて講堂にするのだが、もちろん全校生徒が入れるような広さではない。
その教室で学んだことがあるのだが、あんな仕切りでは、隣の教室の声が聞こえたと思うが、どうだったのでしょうか。

そういえば、私の小学校には、「校歌」がなかった。
明治何年創立とかいう古い市立小学校だったが、昔は校歌なんかなかったのだろうか。

私が卒業してすぐ校歌ができた。
父と妹が風呂に入っていて、父が何回も歌わせていた。

「♪官庁街に境して
  森の緑に・・」

妹は張り切って大声で歌っていた。
父はうれしそうに、太鼓のまねをして、「ドンドン!」と合いの手を入れていた。

作詞が、小学校のK先生だと聞いたとき不思議な感じがした。
習ったことはなかったが、中年の男の先生で、まったく無表情の面白くなさそうな先生でだった。
作詞なんかするのかと思った。

今にして思えば、あの先生なら、「官庁街に境して」という「詩」を作ってもおかしくない。