8月25日土曜日の夜、セレブマダムの座を投げ捨ててアイドルデビューを目指すリンダさんに呼びつけられた四人は、ヤマハ難波センターに集まった。
今回、リンダさんが歌うのは、皆様おなじみのヒット曲メドレーだ。
まあ、皆様おなじみとは言っても、美空ひばりの「真っ赤な太陽」、ピンキーとキラーズ「恋の季節」、中村晃子「虹色の湖」、ブルーコメッツ「ブルーシャトウ」とくれば、おなじみなのは、50代以上の「皆様」に限られるだろう。
さて、振り付け指導に先立って、うっちゃんの歌う「蘇州夜曲」のレッスン。
尊師が、ピアノを弾きながら、息継ぎ、クレッシェンド、ロングトーン、音程その他いろんな言葉を使って指導する有様を見て、意外に思った。
私は、ここ数年、Y森さんのボーカルレッスンに、伴奏者として付き合っている。
そのとき、尊師の言葉はただ二つ。
「遅れたー!」「早すぎー!」
Y森さんが歌ってる間中、尊師は、高校野球の応援団長みたいに仁王立ちになって、左手を腰に当て、右腕を大きく頭上に振り上げては振り下ろし、「遅れたー!」「早すぎー!」と声をからして叫び続ける。
私は、ボーカルのレッスンというのは、この二語ですむのだと思っていた。
歌い終わってからの、尊師とY森さんのやり取りもいつもいっしょだ。
「ベースの音をよく聞いて、ずれないように」
「やっぱりワシは、ロッテの指名打者やな」
「なんですか」
「ズレータ」
「えーかげんにしなさいっ!」
「ほんとにねっ!」
いよいよ、ヒットメドレー振り付け。
鏡に映る姿を見ていると、うっちゃん以外の三人の動きがおかしいのがよくわかる。
難しいことが出来ないのはわかりきってるので、簡単単純な動きなのである。
それが出来ない。
リズムに乗って自然に身体を動かすのが、これほど難しいとは思わなかった。
これは大変だと思いながらの帰りの電車で、隣に座った男がおかしい。
右腕が激しく動き、とまったと思ったらすぐまた動く。
痙攣かと思ったが、そうではなく、ヘッドフォンで聞いている音楽に反応しているようだ。
クラシック音楽の指揮をしていたのだと思う。
いかん!ここは電車の中だ!と思ってやめるのだが、音楽に反応して、腕が動き出すのをコントロールすることができないようだ。
リズムに乗って、あまり自然に動いてしまうのも大変だ。