家内と、家内の母を乗せて、老人ホームに行った。
家内の母の知り合いのYさんが入居している。
Yさんは80過ぎの女性で、彼女の息子と、家内の弟が、小学校でいっしょだった縁で、五十年来の付き合いだという。
行く前に聞いた話では、Yさんは、苦労の絶えない人生だったようだ。
ご主人は酒癖が悪く、Yさんは70過ぎまで、住み込みの賄い婦として働き続けた。
ご主人を見送って、息子の家族と暮らし始めたが、どういう事情か家を出なければならなくなり、途方にくれたYさんは、家内の母に相談した。
そして、民生委員の紹介で、Yさんのわずかな年金で入居できるこの老人ホームで暮らしはじめて二年になるということだった。
そういう話を聞いていたので、Yさんが、老人ホームの応接室に現れたとき、意外な感じがした。
顔に苦労が刻み込まれたような人を想像していたのだが、飄々とした感じの人だった。
そして、Yさんが、家内や家内の母と語るのを聞いているうち、不思議な感じがしてきた。
口数の少ないYさんは、ただ相槌を打つくらいなのだが、なんとなく、悟りすました人のような雰囲気なのだ。
精神的に、非常に安定している、という気がする。
修業を重ねて、この境地に到達した、というような感じだ。
Yさんは、何度か、家内と家内の母に対して、「結構ですなあ」と言った。
二人が恵まれていて、結構である、と言う意味だ。
うらやましいとか、感謝しなさいという感じではない。
実に淡々とした口調である。
「私は、私なりの平安のうちにいます。あなたは、あなたなりの平安のうちにあります。私は、私の平安の中で、あなたの平安を祝福します」
まあ、こんな感じだ。
大げさな言い方になってしまうが、大げさにしか言えないのは、私の非力、不徳の致すところなので、お許しいただきたい。
言葉で言い表しにくい方である。
谷川俊太郎さんや、相田みつをさんあたりならどうかと思うが、まあ、ムリでしょうな。
人間それぞれに到達すべき境地があるとしたら、Yさんはそこに達しているように思えた。
Yさんの心境はわかりませんが、短い面会時間ではあったが、何となく気持ちが引き締まりました。