美術の本場は、フランスのパリということになってたと思いますが、今はどうなんでしょう。
画家の野見山暁治さんは、『眼の人』という本の中で、思い出を語っている。
昭和27年、フランス政府の私費留学生としてフランスに渡った。
70万円という、当時としてはとんでもない大金を用意しなけらばならなかった。
なぜフランスに行きたかったのか。
西洋の名画を見たかった。
そんなもの、美術館に行けばいい、大阪の国立国際美術館では、ウフィッツイ美術館自画像コレクションが見られるし、今月の東京ではこれとこれ、来月の名古屋ではあれ、というのは現在ただいまの話で、戦前はもちろん、戦後間もないころは夢物語だったんですね。
そういえば、私の中学のころデパートに見に行った「西洋名画展」は、名作をガラスに印刷して後ろから光を当ててホンモノらしく見せるという、「画期的」と銘打った、涙ぐましいというかヤケクソというか、今となっては恥ずかしいような企画でした。
戦前の話。
野見山さんたち画学生は、コレクターがいると聞けば、頼み込んで見せてもらったそうです。
当時見せてもらった絵は、一点一点今もおぼえているという。
音楽家にも、似たような話がありますね。
誰だったか忘れたけど、ピアノを持ってなくて、街を歩いててピアノが聞こえてくると、頼み込んで弾かせてもらった。
こういう話は、ほのぼのと楽しいようにも思うし、つらく悲しいようにも思えます。
「豪華美術全集」も、昔からあったでしょうが、印刷がぜんぜんちがいますよ。
まあ、今でも、同じ絵が、画集によって、色がかなりちがうこともありますが。
ベルナールという人の、「回想のセザンヌ」という文章に、面白い話が出てます。
セザンヌは、美術史の本を持ってたけど、その図版はお粗末極まりないものだった。
たとえば、「モナリザ」を木版画にして、背景なんかは適当に省略してある。
セザンヌは、版画のまちがいや印刷ミスまで、オリジナルのままだと信じ込んで感激していたらしい。
注意してもムダだったそうです。
私たちは、ありがたい時代に生きてます。