商売というのはむずかしいもんです。
これさえあれば、ということがない。
品質さえ良ければ、値段さえ安ければ、というものでもない。
愛想、とか愛嬌とかも必要ですが、もちろん、それだけではダメ。
職人さんなんか、無愛想がかえって「良さ」になったりすることもある。
私が知ってる中で、無愛想な商売人の横綱は、何度か書いた行きつけの画材屋です。
私ぐらいの年配の夫婦と、息子でやってる。
愛想ないです。
三人とも、見事に愛想ない。
三十年ほど通ってますが、店に行って、「いらっしゃいませ!」と言われたことがない。
いらっしゃいませどころか、こちらの顔を見て笑顔を見せたこともない。
「ん?誰?何しに来た?」という感じです。
だいたい息子が店の奥で、キャンバスを張ったり、紙を切ったりしてるんですが、客の気配を感じて出てくるということがない。
知らん顔である。
しかたなく、奥まで行って、「こんにちは」と声をかける。
で、私の顔を見ると、実に迷惑そうな顔をするんですな。
「ちっ!この忙しいのに!」的表情である。
ご心配なく。
私が嫌われてるというわけじゃありません。
他の客にはもっとひどい。
先日行ったとき、高齢女性が額を買いに来てた。
息子が接客してたんですが、イライラ感丸出しでした。
「くく〜!何もわからんド素人が!」
「それくらい自分で調べてこいよ!」
去年、美術予備校の新入り熟年男性に、この店を教えました。
店に行ったあとでその人は、にやにや笑いながら、「無愛想な若いのがやってるんですなあ!売る気あるんですかね〜」と感心したように言いました。
で、これも何度か書きましたが、この店、商売熱心です。
感心します。
適当に売りつけるということがない。
5千円の額一つでも、選びに選び、客とともに悩みに悩んでくれる。
この店で、二十数年、その他大勢扱いだった私が一気に出世した。
何年か前、大型イーゼルと画室用キャビネットを買ったんです。
十万円ほどだったかな。
買ったとたん、あの愛想のなかったおやじが、「年末年始はご制作でっか?」てなことを言う。
基本、無愛想なんですけど、私に対してはちょっとだけ変化が見られる。
一昨日、キャンバスを注文したら、奥さんが、「一週間ほどかかります」と相変わらずそっけない。
まあ、ちょっと特殊なサイズだからしかたないです。
「仕上がったら電話します。センセ、お電話番号は?」
生まれて初めて「センセ」と呼ばれて、電話を持ったまま笑い倒れしそうになった。
そのキャンバスを、今さっき、息子が届けてくれた。
取りに行くと言ってあったのに。
急がないと言ってあったのに。
無愛想でお客様第一。
口ではサービスしないけど、身体と心でサービス。
商売人の鑑!
いや、やっぱりもうちょっと愛想良くした方がいいかな。