ふと向井さんの顔が浮かんだ。
なぜふと浮かんだりするのであろうか。
向井さんは私が大学1年生の時にアルバイトした塗装工場の事務のおばちゃんです。
この町工場でのアルバイトが私の社会生活初体験でした。
なぜアルバイトしたかというと、高校美術部でいっしょだったT君とU君と北海道旅行をするためです。
バイトで旅費を稼ぐということだったのに、なんたることかバイトしたのは私だけで3人での旅行はパー。
落胆する私に美術部後輩のT君が付き合ってくれて二人で北海道旅行しました。
この時の日給が600円だった。
30日働いて事務の向井さんから18000円もらったのをはっきりくっきりおぼえてる。
それで終わってたら60年近くたって向井さんの顔を思い浮かべることはない。
冬にも同じ工場でバイトしたんですが、その時向井さんが「経験者やから今度は日給650円やね」と言ったんです。
ところが終わってから給料をもらったら600円のままだった。
事務のおばちゃん言葉を真に受けるのが悪いのかもしれんけど裏切られた気分であった。
で、向井さんの名前と顔が頭にしみついてる。
その工場では中卒の若者がたくさん働いてた。
四国や九州出身が多かった。
みんな家に仕送りしてると聞いて驚いた。
北海道旅行の金を自分で稼ぐことでちょっと一人前気分になってたので恥ずかしいような気がした。
雑用をしてるおばあさんがいた。
非常に上品な感じの人でクリスチャンだと言ってた。
中年の職人さんと話してたら「あのばあさん、高利貸しやで。クリスチャンかなんか知らんけどえげつないばあさんや」と言った。
工場長は四国出身で、中卒で大阪に出てきて風呂屋で驚いた。
「ふんどししてたんワシだけや」
いろいろ勉強になったのであった。