朝刊より。
「口ずさめる詩を持っている人は幸せである」
40年以上前のことになるが、石炭産業華やかなりし頃、日本の炭鉱で働く若者たちが、先進国西ドイツの炭鉱に「研修生」として派遣されたことがある。向こうは、「外国人労働者」のつもりだったという説もあるが。
青年たちは、西ドイツの炭鉱労働者の家にホームステイして、一年ほど現地の炭鉱で働くのである。当然、西ドイツの娘さんたちとの間にロマンスが生まれ、結婚して日本に来る「青い目の炭鉱花嫁さん」も少なくなかった。
それを取り上げたテレビ番組を見たことがある。
炭鉱の長屋で明るく暮らす「青い目の花嫁さん」を紹介した後で、その家のおばあさんにインタビュー。
「おばあちゃん、西ドイツから来たお嫁さん、どうですか?」
「いやー、たまげた〜。ウチの孫のこと、『健二!』て、呼び捨てにしよる。たまげた〜」
ドイツの下宿先の娘さんと恋仲になった青年の話を読んだことがある。
日曜日、二人はライン川のほとりで語り合っていた。
娘さんが言った。
「私、ヘルマン・ヘッセの詩が好きなの。あなたは好きな詩人がいますか?」
あいにくと青年はそういう方面には全く関心がなかったが、とっさに
「ボクも、ヘルマン・ヘッセが好きです」と言ってしまった。
娘さんの顔がぱっと輝いた。
「まあ!あなたもヘッセが好きなの!うれしいわ!ねえ、あなたの好きなヘッセの詩をひとつ暗誦してくださいな!」
「むぐ!・・・あ、あの、ボ、ボクはその・・・なんです、あれです、つまりですね、そう!ボクは日本語でしか知らないんですよ!」(汗)
「日本語!?日本語でいいの!日本語で読んでくださいな!」
絶体絶命であった。
彼は腹をくくった。
ローレライよ、聞いておくれ!という思いをこめて、菩提樹の下で、ラインの流れに向かって朗々と声を張り上げた。
「月が出た出た月が出た
三池炭鉱の上に出た
あんまり煙突が高いので
さぞやお月さん煙たかろ
サノヨイヨイ」
「まあ!なんてすてきなんでしょう!日本語で聞いても、ヘッセはすばらしいわ!」
ドイツロマン派の詩人、ヘルマン・ヘッセの代表作「炭坑節」によって結ばれた二人であった。