6人の女性が「浜辺の歌」を合唱された。70代から80代の方々である。
曲が始まったとたん、Mさんの目がぱっと輝いた。大きく両手を振って、指揮を始められた。Mさんは、満州で小学校の先生をされていた方である。
そのMさんが、にこやかに、一心に指揮をしている。
Mさんの目には、生徒たちの姿がはっきりと見えているのであろう。自分でも歌いながら、時々左手で、各パートを指すようなしぐさをして、生徒たちの歌声を一つにまとめあげようという、実に熱心な指揮振りであった。
職業は、深くその人に残る。
Iさんは、女医さんであった。入居当時よく道を尋ねられた。
「病院に行かんならんのです。患者が待ってるんですよ」
Iさんの顔はいつも恐かった。怒りと悲しみが入り混じったような表情であった。ボケた自分の姿を呪っているとしか思えなかった。
にらまれると、逃げ出したくなるような目であった。
ある日、Iさんが歩いてこられた。いつものように恐ろしい表情であった。
私は、「こんにちは」と挨拶をした。
すると、Iさんは突如ニコッと笑って
「イヨッ!ハンサムボーイ!」と言われた。
私はこけそうになった。Iさんにこんなお茶目なところがあったのか。Iさんは、すぐまた恐い顔になって歩いていかれた。
またある日のこと。
椅子に座ったIさんの後姿が見えた。肩を震わせて、うなり声を上げている。何をしているのかと思って見ると、歌集をつかんで、力まかせに引き裂こうとしているのであった。
歯を食いしばって、凄まじい形相である。
私は、Iさんの肩に手を置いてやさしく言った。
「この本、借りていいですか?」
Iさんは、ガバッと私を振り仰いだ。
恐い!と思った瞬間、Iさんがニコニコッと笑った。目が輝いていた。座ったまま私に抱きつくと、身体をなでまわした。
そして、顔を離して私を見上げた。
その時のIさんの目!すばらしく光り輝いていた!少女漫画の、星の入った瞳であった。Iさんの目の中で、いくつもの星がキラキラと輝いているではないか!
燃えるような瞳で私を見つめたIさんは、はにかんだように身体をくねらせて言った。
「ネェネェ、私のこと、どう思ってるの!?」
そう言うと、Iさんは、恥ずかしそうにぱっとテーブルに顔を伏せた。
Iさんは、一瞬、青春時代に戻ったのであろう。
輝く目はすばらしく不思議である。