ひざが痛い。
瞬間的に、「チクッ」と痛いだけである。
直立歩行を始めて以来五十有余年、痛むこともあるわいなと、達観しておるのであるが、十年ほど前、初めてこの痛みを感じた時は、非常に不安であった。
神経痛、リューマチ、骨粗しょう症、これらの病名が身近なものに感じられて、「病院に行こう!」と決意した。
近くの「T病院」に行った。
外科の病院で、「大病院」とはいえないが、古くからある「中病院」であった。
診察室に入った。
お医者さんは、70年配の、貫禄のある先生で、胸の名札に「T」とあるところを見ると、院長らしかった。
院長先生直々の診察!ラッキー!
先生の後ろに控える看護婦さんは、これまた貫禄のある方であった。
T病院最強の布陣、鉄壁の備え、どんな病気もこのコンビで治して見せます!という心強い雰囲気であった。
診察は、胸に聴診器を当てることからはじまった。
内科的な原因を探っておられるのであろう。
次に、ズボンを脱いで立つように言われた。
ズボンを脱いで先生の前に立った。
先生は、私の自慢のカモシカのような足を、うっとりと見つめておられた。
私の脚線美を堪能した先生は、次に、診察台に横になるように言われた。
まずあお向け、次にうつぶせになった。
「ハイ、結構です。ズボン、はいて」
えっ!?これで終わり?
レントゲンとか、なし?
先生は机に向かうと、カルテに書き込みはじめた。
エンエンと書いている。いったい何をそんなに書くことがあるのか?
私は心配になった。あんな簡単な診察でわかるような、大変な病気なのではないか?
カルテに記入し終わった先生は、私の方を向いた。
先生は、ためらっているように見えた。言おうか、どうしようかと迷っているようであった。
先生!言ってください!覚悟は出来ています!
ついに意を決した、と言うふうに先生は口を開いた。
「若草さん、・・・・あなたは、偏平足ですな」
私はイスから転がり落ちた。そして、先生のひざにすがって聞いた。
「せ、先生!偏平足とひざの痛みは、何か関係あるんですか?!」
「いや、ありません」
あ、ありません!????
「ウチに、偏平足の程度を測定する機械があるのですが、計ってあげましょうか?」
私は、院長から聴診器を奪い取って、院長の頭に当てた。
「ボーッ!」という、船の汽笛のような音が聞こえた。