若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

夕方、駅の近くの自転車置き場へ向かって歩いてると、向こうから小学5、6年生の男の子が自転車に乗ってやってきた。
すぐ後に、お母さんらしい人が自転車に乗ってついて来る。

男の子は自転車置き場に入っていった。
お母さんは、表で自転車に乗ったまま待っている。
入り口近くは空いているのに、男の子は気づかず奥へ入っていって、どこに置こうかとまごまごしていた。

表からお母さんが叫んだ。
「何をしてるの!こっち空いてるやないの!時間のロスよ!」

男の子は空いた場所に自転車を置くと、駅へ走っていった。

時間のロス。
お母さんの言葉にひっかかった。
私の辞書にはない言葉である。

二十年ほど前、幼稚園に娘を迎えに行ったときのこと。
迎えに来ているお母さんたちの中に、高校のクラブでいっしょだったYさんを見つけた。
卒業以来初めてであった。

彼女は、いきなり学校の話をはじめた。
「私らの時代とちがうよ〜!今はね、ふつうの子がふつうの学校に行ってふつうにがんばったら一流大学へ行ける時代じゃないのよ!」
真剣であった。

中学生の息子がいるというので、どこの中学か聞いた。
彼女は、よく聞いてくださいました!と言わんばかりに顔を輝かせた。
「鹿児島の○○」
「か、か、鹿児島?!関西にも有名な中学あるのに、なんで鹿児島にやったん?」

彼女は、またも、よく聞いてくださいました!と言わんばかりに顔を輝かせた。
「塾の先生がね、この子の偏差値やったら行けるって言うてくれはったの!」
「子供、さびしがれへんの?」
「休みに帰ってきて、また学校へ行くときは泣いてやるけどね」

終わりの時間になって、子供たちが出てくると、彼女は
「じゃ、塾があるから!」
と言って、子供のところに走って行って、手をつかんで引きずるように駅の方に走って行った。

高校の頃のYさんは、ごくふつうの女の子であったが。

数年後、駅でYさんに会った。
私は、奈良に引っ越したことを話した。
「奈良のどこ?」
「○○」
「え〜っ!!」
彼女は、悲鳴にも似た叫びを上げた。
「○○なんか、塾ないでしょ!」

こういう女性を、「教育ママ」と言うのであろうが、「教育ママ」という言葉には、父親の無力感がにじみ出ていると思いますね。