母が入居している施設に行く。
ロビーに絵が二枚飾ってあった。
水墨で、なかなか良い絵だと思った。
一枚は、線描で男の子が二人、もう一枚は魚を描いてある。
軽妙洒脱、枯淡の境地、と言った言葉がピッタリの、味のある絵である。
サインがしてあるが、この字を見ると、入居者の作品ようでもある。
絵はプロ並み、字は、ちょっと・・・という感じがした。
職員さんに聞くと、やはり入居者の男性が描かれたという。
割に最近入られて、顔を知っているというくらいのNさんであった。
Nさんはお坊さんだそうだ。
私が絵をほめると、職員さんは早速Nさんを連れてきた。
「さ、Nさん、鹿之助さんとお話しましょうね」と言って、私の横に座らせて去って行った。
私は、こういう「準職員」的役割を期待されているのである。
お年寄りの話を聞くのが好きだということを見透かされている。
Nさんは、サッカーのワールドカップに出ていた、はげちゃびんの審判に似ている。
「Nさんは何年生まれですか」
「大正2年」
「ということは、今年90ですね」
「いや、そんなにはなってない」(きっぱり)
「今年90ですよ」
「いや、親父の言う事が正しいとすれば、私はそんなにはなってない」
「Nさんはお坊さんだそうですけど、難しい名前なんですか」
「『みょうどう』、明るい道と書きます。親父がつけてくれました」
「今お寺は息子さんが見ておられるんですか」
「いや、息子は小学生」
「は?じゃあ、お寺はどなたが?」
「親父が見てます。親父はお経も知ってるしね。安心です」
むむ、お父さんが見てくれてたら安心だ。
話の中で何度も、「親父」が出てきた。
よほど尊敬しておられるのか、恐かったのか。
絵のことを聞くと、描いたことは無いと言ったり、油絵を描いてたと言ったりで、よくわからん。
「専門家になろうと思ったことは無い」と言われたので、かなり好きだったのではなかろうか。今後解明すべき問題である。
非常に落ち着いた態度と話し方であった。
悟りを開いた高僧、という感じがしないでもない。
悟りを開くのとボケるのとは似たところがある思う。