きのう、Nさんから電話があったのでびっくりした。
Nさんは、高校の美術部の大先輩である。
十歳くらい年上だ。
大変な旧家の御曹司で、大阪のど真ん中でビルを構えて歯科医を開業している。
自身は二代目で、今は息子さんが三代目。
私たちの高校の美術部は、当時、油絵のコンクールで活躍していた。
野球で言えば、甲子園常連校、春夏連覇を含んで優勝八回、てな感じだが、その基礎を作ったのがNさんたちらしい。
Nさんは、卒業後も絵を描き続け、某有名団体の会員だ。
歯科医のかたわら、というのを越えている。
絵をやめてしまった私は、Nさんから見れば、落ちこぼれだけれど、在学中は、それなりに頑張っていたから、可愛い後輩かもしれない。
ちがうかもしれない。
Nさんは、美術部を愛している。
愛し続けて60年、と言う感じだ。
わが校の美術部は、数十年、Nさんが束ねてきたと言ってもいい。
Nさんは、しょっちゅう美術部を訪れた。
私が一年の時、初めてNさんを見て、「こんな年寄りが何しに来たのか」と思った。
手ぶらでは来なかった。
ジュースを提げて来たり、パンを持ってきたり、いつも差し入れがあった。
夜遅くまで絵を描いている私たちを、近所の中華料理店に連れて行ってくれた。
いつも、餃子をご馳走になった。
一皿60円の餃子を、大勢の後輩達におごってくれるNさんを、何という金持ちであろうかと、感心してた。
美術部のドンと、後輩の一人としての、数年に一度くらいのお付き合いで、電話はもちろん、年賀状も出したことがない。
そのNさんから、突然の電話だ。
「あんた、アートサロン空で、個展したそうやな」
Nさんは、私たち夫婦が先日展示会を開いた、アートサロン空と親しい関係で、展示会が終ってから、そのことを知ったそうだ。
私は、ささやかな家族、知人の肖像画、Nさんは、完全芸術志向で、路線がちがうので、お知らせする気はなかったが、ひょっとすると、Nさんは、私が、高校時代のような、ヘンな絵を描き始めたと期待したのかもしれない。
「見に行きたかったなあ。どんな絵を描いてるんや」
「家族や、知り合いの、まあ、写実的肖像画です」
「・・・行かんでよかった。・・・肖像画て・・・芸術か?技術か?」
「両方兼ね備えてます」
「・・・あんたらしいなあ」
先輩って、いいもんですね。