高校の美術部の後輩T君と飲んだ。
私が、美術部同期のS君に、色えんぴつ画を習っている話をしたら、T君は、美術部に入ったころの話をはじめた。
S君が「絵の上手」であることは誰もが認めるところであったが、T君も、中学までは「絵の上手」と言われたらしい。
そうなのか。
知りませんでした。
失礼しました。
そのT君が、美術部に入ってS君の絵を見たとき、「この人はうまい!」と思ったという。
「これが油絵だ!」と思ったそうだ。
この人はうまい!と思ったというのはわかる。
これが油絵だ!と思ったというのは、ちょっとわかりにくいほめ言葉だ。
どんな絵だったか聞いてみた。
「Kさんをモデルにした人物画でした」
う〜ん、記憶にない、というか、ありえない。
Kさんというのは、美術部でS君や私と同期の女性だ。
それなら、S君がKさんをモデルにしてもおかしくはない、と思うのが素人の浅はかさ。
そんなことはありえない。
私たちの高校の美術部は、誰かをモデルにして描くというような古典的スタイルではなかった。
人物画はありえない。
しかし、T君は記憶自慢の男だ。
飲んでる時突然、「寛政の三博士は!?」などと、受験生みたいなことを言って人を困らせる。
その彼が、「これが油絵だ!」と感激したというのだ。
そういえば、S君とKさんは、一時親しく付き合ってたな。
血迷って、Kさんをモデルに描いたのだろうか。
そんな絵は見た覚がないと言ったら、T君は、「全体にブルーの絵だった。今でも鮮やかに目に浮かぶ」と自信たっぷりだ。
次の日、S君に電話で聞いてみた。
「知らん。高校のとき人物なんか描いてない」
Kさんにメールで聞いてみた。
「知りません」
T君の頭にこびりついてとれない頑固な油汚れじゃなかった、油絵。
これは一体なんなのであろうか。