きのう、近くの幼稚園で「うんどう会」をしていた。
中学から、「体育大会」になるのだったか。
私の小学校では、「大運動会」という看板があがってたように思う。
「運動会」より立派そうに見えるので、誰かが「大」をつけたのだろうか。
私の一番記憶に残っている運動会は、小学校の、三年生か四年生の時の運動会である。
私たちの小学校は、水はけの悪い所にあって、ひどい雨が降ると付近一帯が水につかった。
運動場ばかりか、校舎まで水につかることもあった。
私の家から小学校までは、歩いて十分くらいだったが、道のりのちょうど半分くらいから土地が低くなる。
豪雨の後、水につかった道をジャブジャブ歩いていったことがある。
学校に着くと、運動場は水びたしで、誰もいなかった。
うれしくなって校舎に入ったら、廊下も水びたしで、傘立てがぷかぷか浮いていたというようなこともあった。
さて、その年、運動会の前の日に雨が降ったのである。
校庭には、所々水たまりが出来ていたが、「決行」ということだった。
こんな状態で、できるのかなと思っていると、本部席で、校長先生をはじめとする先生達や、PTAのおじさんたちが協議をはじめた。
そして、PTAのおじさんが急ぎ足で校門を出て行った。
小型トラックで戻ってきたおじさんは、石油缶を持って来て、水たまりに何か液体をまいた。
多分、重油だったのだろう。
おじさんたちが、次々に火をつけていった。
水たまりは、すさまじい炎を上げて燃え出した。
黒い煙が上がった。
私は感激した。
やった!
これで一挙に水が蒸発して、乾いた運動場で運動会が出来る!
しばらくすると、火は消えた。
水たまりは汚れただけで、水は全く減らなかった。
なぜだ!私は本当にがっかりした。
また本部席で協議がはじまった。
またPTAのおじさんが急ぎ足で校門を出て行った。
今度の作戦は何だろうかと私は期待に胸を躍らせて待っていた。
小型トラックが、砂を積んで戻ってきた。
水たまりに砂を入れていった。
なーんだ、と思った。
夢が無い!というような気がしたのである。
砂のおかげで、なんとか運動会は出来たのであるが。