若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

あいそなし

母が入居している施設に行く。

最近、ますます静かである。
話のできる人が減り、歩ける人が減り、寝ている人が増えて静かなのである。

今日のおやつは、「煮りんご」と書いてある。
他の呼び方はないのか。

みなさん、黙々と食べる。
中で、一番しっかりしているYさんは、口に入れた途端、実に情けない表情になってりんごを吐き出した。
洋風の甘酸っぱい味なのであろう。

職員さんが、「お口にあいませんか?」と聞くと、
「イヤイヤ、おいしいです。全部いただきます」
と、なかなかの気の使い方であるが、頑張ってもうひと口食べてまた情けない顔で吐き出した。

母のレベルになると、そういう細かい感覚はなくなっている。
少し前までは、食べ物を唇に当てると、反射的に口を開いて、反射的にかんで飲み込んだが、今では、反射的に口を開くということができない。
食べること以外でも、生きていく上で、無意識的反射行動というのは非常に重要であるし、とにかく便利である。

かつての私の一番の話し相手のMさんは、今日もほとんど声が出ない。
私の顔を見ると笑われるので、なんとなく見覚えはあるという感じなのであろう。
話しかけても、むにゃむにゃと言うだけであった。

帰り際に、いつものように
「Mさん、帰りますよ。また来ます」
と言ったら、元気だった頃と同じようにはっきりと
「あいそなしで。また来なはれ」
と言われたので驚いた。

これは単なる反射的発語だったのかもしれない。
しかし、反射的でもよろしい。
それで充分である。