新聞に、こんなタイトルの本の広告が出ていた。
大学生活の後半、駅前の「来々軒」に通った。
毎晩「トン汁ライス」を食べてあきなかった。
死ぬ前にもう一度食べてみたい。
大学生活の前半は、下宿の近くの「青葉軒」に通った。
おばさんが一人でやっている店だった。
ある日、「かたい焼きそば」を食べた。
生まれて初めて、「まずい!」と思った。
友達が来たとき、青葉軒に連れて行って、「かたい焼きそば」をすすめた。
食べ終わって店を出たとたん、彼は
「まっずいな〜!」と叫んだ。
死ぬ前にもう一度食べてみたい。
脱サラして飲食業を始める人が多いが、失敗例も多いようだ。
息子が小学生の頃だから十年近く前、我が家の近くに焼き鳥屋が開店した。
自宅の一階を改造した、有名な焼き鳥屋のチェーン店である。
開店して間もないころ、息子を連れて行った。
小さな店で、客は七割ほどの入りであった。
厨房では主人と高校生くらいの男の子が忙しそうに働いていた。
主人が、無言でチラッと私を見た。
「脱サラして始めたとこです」という顔だった。
その表情は、
「くそっ!この忙しいのにまた客か!」
と語っていた。
備長炭が赤々と燃えているが、網の上には何も乗っていない。
厨房の二人は、懸命に皿をふきまくっている。
客は、空いた皿を前に、手持ち無沙汰、と言う感じで、店内には気まずい雰囲気が漂っていた。
二人は相変わらず無言で懸命に皿をふいている。
どうも、客が一時になって、必死に作りまくったら、皿がなくなって、次の注文にかかれないようだ。
バイト風の男の子は、むっつり不機嫌そうである。
主人が、その子の機嫌を取るように言った。
「日曜に休まれたらこたえるな」
私は主人のスキをついてビールを注文するのに成功した。
息子にも何か食べさせなければならん。
早くできるものはないか、恐る恐る聞いた。
「・・・トマト、ですね」
息子はトマトを食べた。
ガラッと戸が開いた。
男が顔を出して、「七人、いける?」
主人はむつかしい顔をして首をひねった。
男は、「あ、ムリ?」と言って戸を閉めた。
しばらくするとまたガラッと戸が開いて、女の人が
「持ち帰りで頼みたいんですが」と言った。
主人はむつかしい顔をして首をひねった。
女の人は、「あ、ムリ?」と言って戸を閉めた。
私もいっしょに帰りたかった。