若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

水盃

イラクの日本人人質がまだ解放されない。

この件についていろんなことが言われている。
子供を危険な地域に生かせた親が悪いという意見がある。
危険を承知でしたいことをやらせてやればいいと言う意見もある。

国に迷惑をかけるなと言う意見もある。
海外旅行した時困った状態になって日本大使館に駆け込んだが厄介者扱いされた、国は力になってくれない、と言う人もある。

世界を一人で旅している若者はたくさんいる。
旅行記で、よく生きて帰ってきた、と書いている人もいる。

気軽に危険を冒す時代になったということだろうか。
江戸時代にはちょっとした旅に出るにも「水盃」だったそうだ。
イラクに行った人たちは、家族と水盃を交わしたのだろうか。

「水盃」は「生きて再び会えないかもしれん」という覚悟を示す儀式だったと言われる。

しかし、江戸時代末の旅行記を読むと、有名な観光地にはガイドがいて、金を払うと海女があわびを取って見せたとか書いてあった。

それでも「水盃」か、と思う。

私の伯母が、昭和のはじめにアメリカに留学している。
生前その話を聞いたことがある。

「行く時はもちろん水盃でね」と言っていた。
若い女が道徳の乱れたアメリカに行って、純潔を守ることはできない」とも言われたそうだ。

いくら昭和のはじめでも、アメリカに行くのに「これが今生の別れ」と言うことはなかったと思う。
しかし、そういう「時代の思い」があったんでしょうな。

人が死ぬと言うことには変わりはないが、「水盃」の時代ではなくなったということか。
三々九度の盃もあるし、いろんな乾杯もある中で、「水盃」だけが影が薄くなったようだ。