幼稚園時代で強く印象に残っていることはあまりない。
私が通っていたのは、某女子大学の附属幼稚園だった。
川を挟んで、大学と幼稚園があった。
私たちが一期生の、出来たばかりの幼稚園で、初めて行った時塗料の匂いがいい臭いだと思った。
幼稚園に行く途中にY君の家があって、毎朝Y君を誘って通った。
Y君のおばあさんが、その女子大の家政科の先生で、時々おばあさんもいっしょだった。
いつも和服の、すっきりした人だった。
雨の日、三人で川沿いの道を歩いていると、車が近づいて、スピードを落として通り過ぎた。
おばあさんは、「親切な運転手さんだね」と言った。
その時、私の頭の中を電流のようなものが走った。
「そうか!『親切』とはこういう時に使うのか!」
感動であった。
目の前がぱっと明るくなったように思った。
なぜそれほど感激したのかわからないが、そのときのでこぼこ道の水たまりや、おばあさんの雨合羽を覚えているほど印象的な出来事であった。
Y君の家は路地の奥にあった。
格子戸を開けて玄関の戸を開ける。
家の中は暗い。
ラジオが聞こえてくる。
ある朝、玄関でY君が出てくるのを待っていると、音楽が聞こえてきた。
悲しい!さびしい!と思った。
胸が張り裂けそうになった。
耳を塞ぎたいほどだった。
と、途中で、ぱっと明るいメロディになってほっとした。
しばらくの間、毎朝その歌が流れてきた。
聞いているのが嫌で嫌でたまらなかった。
明るいメロディのところでほっとできるのだが、何とも居たたまれない、逃げ出したいような気持ちになるのだった。
それが、「雪の降る街を」であった。
長い間、私にとってこの曲は実にイヤな曲だった。
人をそれほど嫌がらせられる言うのは、やはり名曲なのであろうか。