1曲目、「175R」の「空に唄えば」は、特に問題はないだろうと思っていたが問題なく終わった。
コードをかき鳴らして爆音を立てていればいいという、私にぴったりの曲だ。
我が爆音に酔い痴れた。
2曲目。
要介護ボーカルYさん63歳の「悲しき街角」である。
大きな問題を抱えるバンドであると思ってはいたが、本番において、問題はあっけなく、赤裸々に、隠しようもなく噴出してしまった。
Yさんが「要介護ボーカル」であるのに、我々バンドメンバーは「介護士」の資格を持っていない。
要介護ボーカリストがステージ上で野放し状態になるという、非常に危険なバンドなのだ。
楽屋で出番を待っていた。
講師の先生たちも楽屋で控えている。
いよいよ私たちの出番だ。
と、先生たちが次々と楽屋を出て行く。
ドラムのT先生が、私ににやりと笑って、「客席で見させてもらいます」
むむ!このすっかりおなじみになったデンジャラスなバンドは、先生たちの間でも評判なのだな。
Yさんの「明日無き暴走」的歌唱がウワサになっているようだ。
楽屋で聞いているのはもったいない、ナマで見なくては!
楽屋から先生がいなくなってしまった。
さて、ステージへ。
イントロの4小節は私のかっこいいギターだけだ。
颯爽と弾き始めたら、なんと3小節目で突如Yさんが歌いだした。
あっちゃー!
Yさんもすぐ気づいたようで、歌いながら救いを求めるような表情で私を振り返った。
私を見てどーする。
私は目をそらした。
知ーらない。
私はベースのK君を見た。K君の目もうつろだ。
この曲が今どうなっているのか、今後どうなるのか、見当もつかなかった。
またYさんが悲痛な表情で私を見る。
見るな!
大胆にも伴奏と関係なく歌い続けているではないか。
Yさんの強みだ。
またもYさんが訴えるように私を見つめる。
う〜む、私にできることはこれしかない!
サビに入る所で私は弦も切れよとかき鳴らした!
「南無弓矢八幡大菩薩!ハイ!サビでっせー!」
我が祈り神に通じたか、Yさんはまともに歌いだし、なんと、そのまま狂うことなく歌いきったのであった。
一度は地獄を見た男、Yさん奇跡の生還!と私は思ったが、終了後、飲みに行きましょうという私の誘いにYさんは、悄然と肩を落とし、力なく首を振ってギターケースをさげて一人さびしく去っていったのであった。