昨日の帰り、駅への商店街を歩いていると、むこうから女の人がケイタイで話しながら早足に歩いてくる。
私は、彼女が発する、かすかな「ヘンな人光線」を感じた。
40歳くらいの小柄な女性だ。
髪の毛はショートカットで、メガネをかけて、半そでのポロシャツに黒いズボン。
見るからにまじめそうな人である。
首の動かし方や上半身の動きから、彼女が、一語一語、非常に力を込めて話しているのが分かる。
それなのに、声は聞こえない。
この人は非常に理性的な人で、熱心に力を込めて話す時でも、大声を出したりしないのだ。
すれ違う直前になって、彼女の声を聞き取ることができた。
抑制のきいた、それでいて切羽詰ったような声だった。
「だから!だから、母さんはお前に何回も言ったじゃないか!」
心の底からしぼりだすように、全身を震わせている。
抑えた声だけに、思いの激しさが伝わる。
私は、振り向いて彼女の後を追おうとしてやめた。
彼女が、商店街から折れて、人通りの少ない路地に入って行ったからだ。
続きを聞きたいのはヤマヤマであったが、人通りの少ない道で、足早に女性の後をつけるのはためらわれた。
ケイタイに向かって熱烈に語りながらスタスタと去って行く彼女の後姿を、私はしみじみと見送った。
これが私という人間の限界だ。
なすべきことは分かっているのに実行できない。
彼女の後をついて行って一部始終を聞き届けたうえで、彼女に言葉をかけるべきなのだ。
「失礼ですが、今のお話、聞くともなく耳に入ってしまいました。私にもお力になれることがあるかもしれませんので、よかったらもう少し詳しく聞かせていただけませんか」
58にもなってそれができないのだから恥ずかしい話だ。
ただ想像するだけだ。
息子なのか娘なのか。
なにをしたのだろう。
関東アクセントというのはきつく聞こえる。
「そやからおかあちゃんが何べんも言うたやろ」
これなら、私もそれほど心を動かされることはなかった。
あの調子で何度も言われたら、子供もたまらんな。