取引先のTさんから久しぶりに電話。
「今日で定年退職です」
この数年、こういう電話をもらうようになった。
そのつど驚く。
相手の年とこちらの年を考えれば当たり前なのだが、なんだか唐突に思えるのだ。
目の前を歩いていた人が突然倒れたような感じだ。
それほど接触がなかった人から退職の挨拶されると、律儀な人だなとも思うし、さびしいのかなとも思う。
Tさんは、一部上場企業の営業課長だった。
Tさんと話すといつも、この人は新聞を読んでいるのだろうか、と疑問に思った。
「経済」とか「金融」とかいう言葉自体と無縁の人のようであった。
そういう俗事を超越していると言えばいいのか、単にボーっとしていると言えばいいのか、悩むほどではないのだが、はっきり言うのは控えた方がよさそうだ。
私は心の温かい人間なので、Tさんのことを、温厚で誠実な人だと思っていたが、上司である部長は、やる気のない男、と考えたようだ。
まあ、どちらとも言える。
人事権は、私ではなく部長が握っているので、Tさんは第一線を離れた。
去年Tさんが新人営業マンをつれてやってきた。
「見習い中です」と言うので私はTさんを指して
「この人を見習ったらだめよ」と言った。
Tさんは、「あはは、ほんまや!」と言った。
まじめな話を茶化してはいけない。
何年か前、東京から取引先の社長がやってきたことがある。
いつも来る担当の営業マンK君といっしょだ。
K君は担当になって長い。
陽気な気持ちのいい若者だ。
初対面の社長は、銀髪の紳士であった。
「社長」と言うより、「学識経験者」と言う感じだ。
業界の話などが一段落した時、社長が、隣でいつになくかしこまって控えているK君を見ながら
「ところで、Kの仕事振りはいかがでございますか?」と尋ねた。
私は、「う〜ん、それは、本人の前では言いにくい!後で電話で」と答えた。
K君はいすからすべり落ちたが、社長は破顔一笑、さっと手を差し出し、私たちは固い握手を交わしたのであった。