若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

車内放送

朝、いつもの駅で通過電車待ち。

いつもの車内放送。
快速急行が通過するまで、しばらくお待ちください」

鼻にかかった声で早口だったからか、
「しばらくお待ちなさい」
と聞こえた。

横にいた中学生の女の子二人がげらげら笑い出した。
「あーはっはっは。『お待ちなさい』やて!」
「あはは、この運転手さん、日本人と違うんとちがう?」
「あーっはっはっは!・・・え?」
「あーはっは、だって、『お待ちなさい』やて。この運転手さん、中国人かベトナム人と違うか?」
「運転手さん?・・・運転手さんが言うたのと違うよ」
「え!ほな誰?」
「車掌さんやんか!」

この子はバスの運転手が車内で放送するので、電車もそうだと思ったのかも知れん。

昔、バスの車掌が廃止されるとき、「ワンマンカーは危険だ」と言う反対の声があった。
「ワンマンカー」が一般的になるのと、エンジン部分が先に飛び出したボンネット型のバスが消えていくのと同じような時期だっただろうか。

大学のとき、塗装工場でアルバイトをした。
当時は、九州や四国から、中学を出てすぐ大阪に働きに来る若者が多かった。
その工場にもそういう若者がたくさんいた。

私がいた現場に、四国から来た藤田さんという女の子がいた。
16、7の、色白のあどけなさの残る子だった。
現場主任は、小田さんという中年男性であった。
40年前に一月ほどいただけなのに、二人の名前をはっきり覚えているのにはわけがある。

ある日、現場に主任が入ってきて
「藤田君」、と声をかけて近づいて何事か指示をした。
そして、立ち去るとき、彼女のお尻を触った。

藤田さんはぱっと振り向くと真っ赤になって
「なんちゃーね小田さん!人の尻さわりよってからに!」
と猛然と抗議した。

そんなわけで、私は二人の名前をはっきり覚えているのだ。

藤田さんの故郷は四国のどこだったか、たいへんな田舎だと言った。
田舎だけれど、バスが走っていると言った。

「けんど、大阪みたいなバスやないよ。ほら、先がこうなった、う〜ん・・・・犬の顔みたいなバスじゃ!」

久々に私の脳に聞きたい。
なぜ、「なんちゃーね!」と口をとんがらせた藤田さんの顔まではっきりと思い出せるのだ。