なぜか、『おいらの町』を思い出した。
四十年以上前のNHKのテレビ番組だ。
藤村有弘と逗子とんぼが登場する場面。
藤村有弘演ずる男は大変な物知りで、知識をひけらかして逗子とんぼを煙に巻く。
彼は一冊の本を持っている。
本がアップになる。
『知ったかぶりをする方法』
すばらしー!
私は感動した。
「知ったかぶりをする方法」を身につけたいものだと思った。
以来、四十有余年、努力の甲斐あって何とかマスターできたと思っている。
二十年ほど前だったか、新聞で「サラリーマンの心の病」みたいな連載があった。
Aさんは、某社の課長だった。
コンピュータが導入され始めた頃だ。
Aさんは、コンピュータのことを少し知っていた。
知っている人が少ない時代だから、結構頼りにもされ、尊敬されてうれしかった。
そのうちコンピュータ化が急速に進み、Aさんはついていけなくなったが、わかっている振りをしていた。
ついにわかっている振りをしきれなくなったAさんは出社拒否に陥ったと言う話だった。
命にかかわるような知ったかぶりは困る。
十数年前、父と富山に行った。
墓の整理をしに行ったのだ。
親戚の人たちが一席設けてくれた。
Mさんという、64、5の男性が富山のことをいろいろ話してくれた。
立山、雷鳥、黒部第四ダムなど。
父が、「富山県観光課ですなー」と感心した。
Mさんは、富山は海の幸に恵まれた所だが、特に「ばい貝の刺身」がおすすめだと言った。
私は、「ばい貝の佃煮」は食べたことがあるが、「刺身」は知らないと言った。
Mさんは、大きくうなずいた。
「そうでしょう。ばい貝の刺身は富山でないと食べられません。立山の雪解け水を集めた神通川の急流が富山湾に流れ込みます。ばい貝は、その水深千メートルほどの所に生息しています。からはきれいな桜色で非常に薄く、手で握ったらクシャッとつぶれるほどです。冷凍できないもんで、東京でもよほど高級な料亭でないと刺身は食べられません。せっかく富山に来られたんだから是非ばい貝の刺身を食べて行ってください」
それではと、「おつくり盛り合わせ」を頼んだ。
大きな皿にいろんな刺身が並んでいるが、貝も何種類かあるようで、どれがばい貝かわからない。
Mさんに尋ねた。
皿を見て、一瞬黙り込んだMさんは店の女性を呼んだ。
「ねえさん、ばい貝はどれかね?」