若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

青春のエレキ

先日、Kさんという方からメールをいただいた。
「鹿之助さんがエレキファンと言うことでお便りします」
この方は、私と同い年で、ベンチャーズなどのCDの蒐集狂のようだ。私が珍しいCDでも持っているかと思われたのだろう。しかし、ひょっとするとアヤシイ人かもしれない。

私は、ベンチャーズのCDは一枚しかもっていないと返事した。
すると、今どういう練習をしているのか、よければ練習用のCDを送ってあげますと言うメールが来た。

「もとエレキ少年」なのか。練習機材は持っています、ご親切にありがとうございます、と返事をした。

ひょっとするとアヤシイ人かもしれないという私の気持ちが通じたのであろう、「怪しいものではありません」と言うメールが来た。
私のことは、エレキギターを聞くのが好きな同年輩の人を探していて、インターネットで検索して見つけたそうだ。

「四十年前、『勝ち抜きエレキ合戦』に出るためにバンドを組んだが、ちょっと練習しただけであっけなく解散しました」

私好みの話だ!
詳しく教えてもらった。

Kさんは、中学卒業後、従業員二千人くらいの会社に就職した。「勝ち抜きエレキ合戦」を知り、会社の仲間と出場しようと言う話になった。その会社には、いろんなクラブがあった。ハワイアンバンドもあったので、その先輩に相談したところ、なんと、会社がエレキギターやアンプやドラムセットなどを買ってくれた。

ところが、音楽的素養のあるメンバーがいないので、ろくに練習もできず、二、三ヶ月であっけなく解散してしまった。
ある日、四人は会社の役員室に呼び出された。

「解散とはどういうことだ!役員会議では、エレキなんか不良のやることだ、金を出すなどとんでもないと言う意見がほとんどだったのだ。それをワシが、エレキ合戦に出れば会社の名前も出ます、若者に理解のある会社と言うことで人材も集まります、と押し切ったのだ。社長の鶴の一声で予算がついたのだぞ。それをやめましただと!そんなことが通ると思っているのか!出ろ!石にかじりついても『勝ち抜きエレキ合戦』に出ろ!出られないなら機材を買い取って即刻会社を辞めろ!」

さあ、大変なことになってしまった。
中学を出たばかりの少年たちは途方にくれた。何しろ給料が七千円、ドラムセットだけでも五万円だ。

パニック状態のメンバーに、数日後お許しが出たそうだ。