昨日みたいな思い出話をすると、記憶力がいいですねと言われることがある。
いいのか?
覚えていなければならないことを覚えていて、必要なときにぱっと思い出せるなら記憶力がいいと言えるが、どうでもいいことをなんでもないときに思い出すのは、記憶力の無駄づかいではなかろうか。
記憶装置の誤作動と言ってもよい。
記憶装置の暴走でもいい。
高校の頃、美術部の友人と、「グタイピナコテカ」という美術館に行った。
彼はその名前を覚えられなくて、いつまでもおぼえている私に感心していたが、これも記憶力がいいというより、誤作動の一種だろう。
二十年ほど前、小学六年の級友が五人集まった。
私が、出席簿順に男25人の名前をあげたら、皆あきれていたが、これもよく覚えているというより記憶力の暴走だ。
数年前、高校の友人Y君に会った。
中学の頃、英語の勉強のため、彼といっしょにYMACAに通ったことがある。
典型的な中学生であった私たちは、典型的な中学生がするようなことをした。
電車で通っていたのだが、YMCAのある天王寺駅で降りるとき、改札口を通らず、阪和線の線路に飛び降りて、脱兎のごとく走り、線路沿いの柵を乗り越えて外へ出たのだ。
なぜそんなことをしたのか。
切符を集めるためだ。
切符を集めてどうする?
わかりません。
線路沿いには「花」の市場があって、せりをしているのが見えた。
この話をY君にしたら知らないと言う。
これには驚いた。
あのスリリングな冒険を覚えていないとは、これぞまさしく記憶装置の無駄だ。
しかし、彼はカタキをうつつもりか、たこ焼きを覚えてるか、と言い出した。
YMCAの帰りに、屋台のたこ焼き屋でたこ焼きを買って食べながら帰ったと言うのだ。
覚えていない。
まったく覚えていない。
屋台のたこ焼き!?
そんなしょーもないこと覚えていてどうする!
どうせ覚えているなら、線路に飛び降りて突っ走り、柵を乗り越えたことを覚えている私のほうがトクだと思った。