若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

家内の伯父さん

「おじさん」「おばさん」と呼べる人が少なくなった。
家内の伯父が亡くなった時もさびしい思いをした。

結婚する前、「伯父さん」のことはよく聞かされた。台湾で育ち、戦後苦労して京都大学へ進み、高校の英語教師として極めて優秀で、文学、音楽を愛するロマンチスト、ラグビー部の顧問として生徒と共にグラウンドで汗を流していると言う。家内の家と隣同士で、幼い時から可愛がってもらい、心から敬愛し信頼しているのがよくわかった。

だから、「伯父に会ってほしい」と言われたとき、これが結婚への最終試験なのだなと思った。約束の時間に行くと、庭に面した和室で、家内と両親が待っていた。隣からすぐ現れるだろうと思った伯父さんはなかなか現れなかった。二十分たち三十分たち、私はヘンだと思い始めた。

遅れるのはいい。それはいいが、何の説明もない。伯父さんに会いに来たのに、三人はその話題を避けている。伯父さんのことに触れてはならないような気まずい雰囲気のまま時は過ぎた。

表で男女が大声で言い争う声が聞こえた。静かな住宅街に、程度の悪い人がいるものだ。声がだんだん大きくなった。お!庭に侵入してきたのではないか!障子のすぐ向こうで男のわめき声が聞こえた。
女性の声で、「おとうちゃん、あんたそんなに酔っぱろうて・・・」

これは!と緊張した瞬間、障子がさっと開き、男が転がり込んできた。男は私の前に仁王立ちになった。「西郷隆盛!」と思った。
西郷隆盛は私をにらみつけ、ものすごい形相で割れ鐘のような声で叫んだ。

「ワシの姪を嫁に欲しいっちゅうのは、お前かーっ!」
家内が、「おじちゃん!」と言って泣き出した。家内の母が「にいちゃん!」と言って泣き出した。家内の父は、弥勒菩薩のような微笑を浮かべて庭を眺めていた。
私は、うれしくなってしまった。

伯父は私の前にどっかと腰を下ろし、あごで家内をさして、「アレは、ワシがやると言うたらやるし、あかんと言うたらあかんのや!」と怒鳴った。
私は、一気に伯父さんが好きになってしまった。

私の顔をのぞきこんで、「お前は台北航空隊の○○中尉に似とる!」と叫んだ時、私は一応合格したのだろうと思った。
伯父は、家内から聞いていた以上のすばらしい人だった。
家内は、伯父と酒との危険な関係についてだけ話さなかったのだ。