朝日新聞で記者が若者に警告している。
「最近、映画や雑誌などで昭和30年代をいい時代だったかのように描いているが、だまされてはいけない、貧しい時代だったのである」という趣旨だ。
人間の脳は、だいたい「昔はよかった」と思うようにできているのではないか。
二十数年前、近所のおじいさんが亡くなってお通夜に行った。
おじいさんは、昔セルロイドの会社を経営していて、当時勤めていたという中年の男性が何人か来ていた。
「おやっさん、きつかったなー」
「よう、セルロイドの生地で頭たたかれたがな」
「そうそう、カッツーン!て、痛かったなー」
「痛かった痛かった、あははは」
こういうことを楽しそうに話すのは、この人たちがセルロイドの生地で頭をたたかれすぎてヘンになっているからだろうか。
30年代は貧しかったのか。
知りません。
30年代を生きていたくせに知らないのか!と言われても困る。
小学校の同級生で、自家用車のある家の子もいたし、ウチに遊びに来てと言われて行ってみたら、これが家か!?とボーゼンとした、小屋ともなんともつかぬところに住んでいる子もいた。
私はいろんなことを時々思い出す。
「なつかしい!」とは思わない。
そんなことがあったな、楽しかったな、と思うだけだ。
涙と共に思い出すとか、思い出して涙ぐむということはない。
そういう「なつかしい」という感情があまりよくわからない。
「ルイジアナ・ママ」は「なつかしい曲」ではなくて「楽しい曲」だ。
『想い出の木造校舎』という写真集を持っている。
各地に残る小学校などの木造校舎を見ても「なつかしい」とは思わない。
美しいとは思う。
私には「なつかし感」が欠落しているのか。
アイク・ケベックというサックス奏者のLPを持っている。
ドボルザークの『家路』を演奏しているのを聞くと「ノスタルジー」を感じる。
なぜ英語の「ノスタルジー」か。
解説に英語でそう書いてあるからだ。
汲み取り式便所はくさかった。
なつかしくもないが貧しかったとも思わない。
くさかっただけだ。
子供の頃、裏の家が農家で、町内の便所はそこのおじいさんが汲んでいた。
化学肥料の時代になってきたのだろう、おじいさんが約束どおり汲んでくれなくなって、母達が談判に行った。
この想い出にただよっているのはノスタルジーではなくてにおいだ。