奈良に引っ越して十六、七年になる。
朝、ずっと同じバス、同じ電車に乗っている。これはたいへん珍しいことのように思う。顔ぶれがどんどん変わる。あの人、最近見かけないなとふと気づく。
今朝ふと浮かんだのは、年中大きなマスクをしていた男性だ。毎朝ホームで私の隣に立っていた。私と同じ年頃で、顔色が悪かった。はじめは花粉症かなと思ったが、夏でもマスクだ。その人を最近見ない。入院したのかな。
バスでいっしょだった、小柄なちょびひげの男性も見かけない。私みたいなのはまれなのであろうか。ギネスブックものかもしれない。
「十七年間、毎朝同じバス同じ電車で通ってる日本の若草鹿之助」
今朝の電車で、前に若い女性。週刊誌くらいの大きさの本を開いた。表紙がチラッと見えて、「STEPS・・・」という文字だけが確認できた。「自己啓発本」であろうか。あるいは、ダンスの本かもしれない。
のぞきこむ。びっしり横書きで教科書みたいな感じだ。
ページをめくるのを追跡。
お!?
写真だ。
外国人の中年のおばさんがレオタード姿で突っ立ている。かなり古い写真だ。数十年前か。魅力あるおばさんという感じではない。
またページをめくる。
むむ!?
外国人の中年のおじさんの海水パンツ姿だ。そのおじさんが、杖のようなものをついている。なんじゃこれは。モダンダンスか。五、六十年前の前衛舞踊?
相手が若い女性なので密着するわけにも行かず、必死で目をこらすが字は読めない。写真は二枚しか出てこなかった。大きななぞを残したまま、その女性は降りてしまった。
何の本でしょうか。