若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

青木茂『書痴、戦時下の美術書を読む』

「書痴」とはどんな人か。
約半世紀にわたって、ほぼ毎日本を買っている人だ。青木さんは、出版後十年たってなお魅力のある本だけが読む価値があると思っているから、買うのはほとんど古本である。
専門は、「近代美術」であるが、画集が出ていたり、「日本の近代絵画展」に並んだりするような画家には関心がないようだ。

「マニアックですね」と言われて青木さんはムカッとする。「自分の眼と手で見て面白いと思ったことを書いているのであるから美術史の大道を往来している、と自負している」

なかなかこうはいかない。有名だから、話題になっているから、売れているから、などに引きずられてしまって、大通を堂々と歩く人は少ない。

この本に紹介されている杉山隆という人は、大通を歩いた人だ。杉山さんは、明治の油絵が好きだった。明治時代、油絵画家は何百人もいたが、名前が残っているのは数少ない。杉山さんはそれが残念でたまらず、何とか彼らを世に出したいと願い続けた。絵も沢山集めたが、ほとんど戦災で焼けてしまったようだ。こういう人を「マニアック」と言ってはいけないと思う。

詩人で彫刻家の土方久功は、昭和六年から七年間南洋の孤島、人口三百人のサトワヌ島に住んでいたそうだ。
大通を行った人だ。
この人は、美校在学中から昭和五十二年に死ぬまで毎日日記をつけていた。
大学ノートで百二十三冊。この日記を、ゴーギャン研究家の岡谷公二さんは、一年がかりで読んだ。

「一年かかって久功の一生を生きた感じで変なものです」

おお!
私も、伯母の六十年にわたる日記を読み終えたとき、同じようなヘンな感じを味わった。

この本に登場する画家たちの名前をほとんど知らない。彼らの版画を見ると、愛すべきものが多い。大画家でなくても、いい作品を残している人はいるだろう。そういう「忘れられた画家」をいとおしいと思う気持ちはわかる。

昭和四年に、稗田彩花という人が『寂しさをたづぬる旅のスケッチ』と言う画文集を出している。日本のあちらこちらに寂しさを訪ね歩いたのだ。
奈良の農村のスケッチがある。家の者はみな畑に出て、子供が一人家の前で遊んでいる絵だ。稗田彩花がスケッチしているところに居合わせたような気持ちになる。

マニアックで面白くないかもしれないと覚悟して買った本であるが、面白くてほっとした。