若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

予言が外れた時

「祈祷」する人たちは、「病気を治してあげたい」とか、「雨を降らせてあげたい」などと熱烈に思う「良い人」なのだろう。

そして、「自分にはその力がある」「その方法を知っている」と思い込むタチのひとなのだろう。
あるいは、そのふりをしているだけの悪い人かもしれない。

祈祷をお願いする人は、祈祷師の力を信じているか、ダメでも元々だからやらせてみようと思ってる人か、何にも考えてない人かのどれかだ。

慈円は、何度となくいろんな祈祷をしたそうだ。
空海も、国家的プロジェクト級の祈祷をしたはずだ。
うまくいかなかったことも多かったと思うが、それでも信用丸つぶれにはならなかった。
よほどごまかすのがうまかったのだとも言えるし、人間は、祈祷や予言の結果をあまり気にしないのだともいえる。

そういう状況を研究して、本を書いた人がいる。
タイトルはズバリ、『予言が外れた時』。

たしか、アメリカの宗教グループを研究して、教祖の予言が外れた時、グループの結束はさらに強まるという結論だった。
まあ、人間てそういうもんだというか、そういう人間もたくさんいるということでしょうな。

うちの三軒となりに家があった。
今は空き地だ。
毎朝その前を通る。

阪神大震災のすぐ後、その家の庭にテントがはってあるのに気づいた。
子供がキャンプごっこをしているのだと思った。

家内の話を聞いて驚いた。
キャンプごっこではなかった。
その家の奥さんが、また大地震がおきると言って、家族でテント暮らしを始めたのだ。
テント暮らしは、何日か続いた。
かなりヘンな奥さんだなと思った。

またしばらくして、その家の前を通ったとき、車が何台も止まっていた。
40代くらいの男女が何人かいた。
皆で、子供のサッカーの試合でも応援に行くのだろうと思った。

家内の話を聞いて驚いた。
サッカーの応援ではなかった。
その家の奥さんが、今度こそ大地震がおきる、奈良は危ない、福井はだいじょうぶだと言って、福井に移動したのだ。

奥さんは、単なる「ヘンな奥さん」ではなく、「霊能者」だったのだ。
知りませんでした。
看板もかかっていなかったし。

信者もいたのである。
信者もいっしょに福井に行ってしまったのだ。

福井からはすぐに帰ってきた。
何年か前、引っ越していった。
予言が外れたことと関係はないと思う。