若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

いかがわしい女

ふと思い出すことがあります。
突如、なんだかわからんけど思い出す。
勝手にしてちょうだい!といいたくなるほど、支離滅裂に脈絡もなく思い出す。

「いかがわしい女」のことを思い出した。
大学生のころ、横浜のホテルでエレベーターボーイのアルバイトをしてました。
そのホテルの人が、「ウチはニューグランドみたいな一流ホテルじゃないよ」といってましたから、まあ、二流だったんでしょうか。
宿泊客は外国人船員が多かった。

エレベーターボーイは、呼ばれた階に行って、「ゴーイングアップ・プリーズ」か「ゴーイングダウン・プリーズ」のどちらかを言ってればよかった。

あるとき、一階から呼ばれて降りて行ったら、その女がいたんです。
見た瞬間、「いかがわしい!」と思いました。

世間知らずの大学生だった私にそう思わせたんですから相当ですよ。
ふつうの派手さじゃなかったんですね。
かなりのトシに見えました。

ホテルの受付は五階だったので、いかがわしい女を五階に運びました。
ドアが開いて女が歩き出す間もなく、ボーイ長が、顔色を変えて飛んできて、両手を広げて女をエレベーターに追い込んだ。
で、私はまたいかがわしい女を乗せて一階に戻りました。

後でボーイ長に、「あんな女乗せたらだめだよ!」ときつく言われました。
乗せたらだめだよと言われたって、そんなん知りませんがな。

それが私がいかがわしい女と接触した唯一の例ですから、清らかな人生ですネ。

思い出しついでに、その時のボーイさんたちも思い出した。
私は、夕方5時から夜中の1時までと早朝の勤務の組でした。

その組のリーダーは、30代と思えるAさん。
スマートな体型、一分の隙もない雰囲気で、典型的というか理想的というか、これがホテルマンだ!という感じの人でした。
その下に私と同年代の二人。

先輩格のBさんは、体育会系好青年という感じで、将来自分で店を持ちたいので、接客業の修行のためボーイをしてると言ってました。
てきぱきした人でした。
後輩格のCさんは、一見、よく言えばやんちゃ坊主、悪く言えば不良少年、微妙な感じでした。

二人は、冗談も言わずいつも表情を崩さないAさんのことを、「何が面白くて生きてるんだろう」などと言ってました。
AさんはAさんで、「B君やC君がボクのことどう思ってるか知らないけど・・・」と私に言ったことがありますから、まあ、世代の相違といった溝があったんでしょうか。

夜中は、四人のうち二人が勤務しました。
Aさんと私が夜中の当番の時のことでした。
夜中の勤務はほとんどすることがなかったです。
私は、エレベーターでボーっと呼び出しを待ってました。
視線の向こうには、クロークの前でAさんがいつものようにニコリともせずピシッと立ってました。

一瞬、私とAさんの目が合った。
と、Aさんは突然、「やっ!」と叫んでカウンターに手をつくと、まるで体操の選手みたいにひらりとカウンターを飛び越えたんです。
ボーゼンとしてる私に、Aさんはかすかに微笑んで見せました。

あの謹厳実直を絵にかいたようなAさんが・・・。
わけがわかりませんでした。

また別の夜中の当番の時、Aさんが私を手招きしました。
ついていくと、Aさんは厨房に入って何かごそごそしてました。

そして、ハイと手渡されたのはアイスクリームでした。
このアイスクリーム、うまかったですねえ。
本物のアイスクリームを食べたことがなかった私には衝撃の味でした。

Aさんは、ホテルマンとしての職業人生を立派に全うされたことと思います。