朝日新聞にで紹介されてた本を家内が買いました。
獅子文六(1893〜1969)が、1962年から1963年にかけて読売新聞に連載した小説です。
その後単行本になり、1969年に文庫化されてたのを、40数年ぶりに再度文庫化されたものです。
昔よく見た「獅子文六」という立派な名前にひかれたのと、50年前の新聞小説ってどんなのかなと思って買う気になったそうです。
獅子文六さんは、当時の「流行作家」の一人ですね。
私が中学から高校にかけてのことで、「がんばって世界の名作を読もう!」という年頃でしたから、流行作家には縁がなかったです。
獅子文六、源氏鶏太、丹羽文雄という人たちは、名前は非常によく知ってたけど、読む気はしませんでした。
「年寄りの読むもの」という気がしてたんですな。
この『コーヒーと恋愛』を書いたのが70歳の頃ですが、今なら80歳というとこでしょうか。
40数年ぶりに文庫化するには、それだけの意味というか意義というか、まあ、何かあるんじゃなかろうかと思ったんですが、読んだ感じでは、それが何かはよくわかりませんでした。
読んだといっても、いつもの飛ばし読みで、特に後半はパラパラ読みでしたから、気づかなかっただけかもしれません。
「マジックドア」というのがでてきて、1962年らしいと思いました。
「自動ドア」のことですね。
「テレビのダイヤルを回す」というのもでてきました。
当時は、「テレビのチャンネルを回す」と言いましたが、ラジオ世代の獅子文六さんは、「ラジオのダイヤル」が染み付いていて、「テレビのダイヤル」になったんでしょう。
いまや「テレビのチャンネルを回す」というのも、死語ですね。
インスタントコーヒーが大々的に広まっていく時代の話です。
外国メーカーの、「メスカフェ」というのがでてきます。
それに対抗して国産の「オスカフェ」というのがでてきます。
内輪の話で恐縮ですが、獅子文六さんと夜の騎士様は感覚が似てると思いました。(昨日の日記のコメント欄をご参照ください)
さて、文庫本の最後に、「連載を終えて」というコメントがのってます。
この小説にはコーヒー通が登場するので、連載にあたって、うまいと評判の喫茶店を訪ね歩いてコーヒーをのみまくったそうです。
外で飲むだけでは飽き足らず、家でもいろんな豆を買ってがぶがぶ飲むようになった。
おかげで連載中に胃が悪くなってしまった。
以前胃潰瘍の手術をしてるので、再発かと怖くなって病院に行ったところ、胃の方は単なる胃炎だったが、心臓に悪いところが見つかった。
心臓の方が心配でノイローゼみたいになって、眠れなくて睡眠薬に頼るようになってしまった。
そんなこんなで、連載後半はフラフラの状態であった。
で、獅子文六さんは、70代で新聞連載は考えものだと言ってます。
50代までではないかと述懐しておられます。
小説よりコメントの方がしみじみしていいと思いました。