新聞の広告。
「あなたも本を出しませんか」
自費出版というのはいつごろから盛んになったのか。
三十年ほど前、母が六十を過ぎたころ、母の友人たちから自費出版の本が何度か送られてきたことがある。
十年ほど前、曽野綾子さんが、自費出版の本がたくさん送られてきて迷惑だと書いていた。
それぞれに大変な経験を記しているのであろうが、それだけでは読めるものにならないと書いておられた。
しかし、いろんな経験は読むだけでも面白い。
シベリア抑留者の記録を集めた本を読んだことがある。
二百人くらいの短い文章を集めたもので、これまでにも聞いたような悲惨な体験を綴ってある。
その中の、穀倉地帯ウクライナで農作業をさせられた人の手記には驚いた。
シベリアだけでなく、ロシア全土で抑留されていたのである。
この人達数百人の捕虜が、二年間、温暖な農村で軽作業をして、農閑期には芝居や音楽をしてのんびり暮らしたと言うのだ。
「他の人は知らないが、自分にとっては青春の不思議な二年間であった」
小説を本にする人もいる。
数年前、高校時代の同窓会でYさんという女性に会った。
主婦業のかたわら推理小説を書いているという。
いろんな懸賞に応募しているが、まだ入選したことはないそうだ。
猛烈に読みたくなって、頼んで原稿を送ってもらった。
驚いたことに、いきなりTという人物が出てきた。
Tは私の本名である。
私に対するサービスなのか?
読み進んでもっと驚いた。
このTという男は躁うつ病で、躁状態のときはパチンコばかりしているのだ。
私に対するサービスではなさそうである。
さらに驚いたことに、この男は犯行を目撃したと誤解されて犯人の女性に殺されてしまう。
私に対する嫌がらせなのか?
刑事がそれを探偵役の医者に知らせる。
「先生!Tが殺されました!」
「そうか。ところでSのアリバイだが・・・」
あっさりでかたづけてくれるではないか。
できばえは私の期待通りであった。
率直な感想を彼女に送ったが、返事はなかった。
彼女のペンネームについて書いたのが悪かったのか。
「跡西洋子」というのだ。
何か意味があるのだろうと私は頭をひねった。
きっと、推理小説を書くのに熱中して、家のことをしなくては、と思っても「あとにしよう」と思うので、「跡西洋子」にしたのだろうと書いたのだが。
ちがったのかな?