若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

俳句は下手でかまわない

朝刊の俳句雑誌の広告。

特集「俳句は下手でかまわないか」

「俳句は下手でかまわない」というのは、結城昌治さんの本の題名だ。
結城さんは小説家で、俳句も作った。

意表をつくタイトルにひかれて読んだ。
私のような俳句の素人にはなじみのない作者の作品もたくさん出ていて楽しい本だ。

結城さんは、「俳句は下手でもかまわない。私は読まないから、勝手に作ってなさい」というような冷たいことを言っているのではない。

芭蕉は俳句に関していろんなことを言ったが、下手でもかまわない、とは言わなかった。この一言を言っていてくれたら後の我々はどんなにか気楽だったのに」というような、かなり複雑な思いのこもったタイトルだ。

言うわけないでしょう。

しかし、なんにでも応用のきく文句だ。
「ギターは下手でかまわない」

こう言ってもらえると気が楽になるような気もするが、そうはいかない。
面と向かって、「あなたはギターが下手ですね。でも下手でもかまいませんよ」と言われたら、いくら温厚な私でもムカッとすると思う。

人間というのは難しいものだ。
「下手でもかまいませんよ」
「ありがとうございます」
とはならない。

で、「下手でかまわないのか」ということになる。
修辞疑問文だ。
「下手でかまわないのか。そんなことはなかろう」
挑発的だ。
「うまくなりたいのだろう!本当のことを言え!」
脅迫だ。

この特集でいろんな人がいろんなことを書いている。
「下手と下手みたい」
どんな内容かわかりにくい。

「下手になりたい」
これはわかる。
どんな世界にも「下手以下」というのがある。
「はしにも棒にも」「どうしようもない」というやつだ。

社会保険時報」などに出ている投稿の俳句にそういうのがある。
「わが街の市民文化祭菊薫る」みたいなのだ。

俳句を作るのに、「天高し」「菊薫る」「柿一つ」などは使ってはいけないと、ある「俳句入門」に書いてあったが、よく使われているので楽しい。

「天高し菊薫る空柿一つ」
三冠王だ。

こういう人は、せめて下手と言われるようになりたい、と思う、かな。
思わんな。

結城さんの真似をして私が言うとしたら
「俳句は下手でも仕方がない」