若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

隣の席の女の子

突然何かを思い出すことがある。

小学四年生の時の隣の席の女の子のことを思い出した。
四年生で初めていっしょの組になった子で、名前も顔も忘れている。
その子は私に、「授業中に話しかけたらつねるからね」と言った。
「そのかわり、私が話しかけたらつねってもいい」
ひ〜!おそろし〜!と思ったことまでしか覚えていない。

他に隣の席の子のことを覚えているかなと考えた。
六年のときのO塚さんという女の子だけ思い出した。O塚さんは「巨女」であった。私は背の高い方だったが、O塚さんと並ぶと大人と子供という気がした。
O塚さんは、試験で10点につき一円お小遣いをもらうと言った。うらやましいと言うより、子供心にも、そんなことしていいのかなと思った。

私は、おとなしいおりこうちゃんだったので先生に叱られることはほとんどなかったが、O塚さんに関して注意を受けた。
通知簿に「隣の女の子をいじめている」と書かれたのだ。
驚いた母が先生に問い合わせると、先生は、私がO塚さんのワキの毛を引っ張って困らせていると言ったそうだ。記憶にありません。

もう一つ叱られたことを思い出した。
五年生のとき、市の小学校合唱コンクールというのがあって私はそのメンバーに選ばれた。
これは大変迷惑な話であった。

音楽の先生は中年の女の先生で、あだ名が「ヒステリー」というのだからそれだけでもイヤだった。おまけに放課後練習しなければならない。

「夜汽車」という歌だったが、私は低音部を歌えと言われた。
重唱なんか初めてだった。
精一杯低い声を出して歌った私に、先生は「無理に低い声を出さなくてもよろしい」と言った。心外であった。せっかく低音を出しているのに。

ある日のこと、クラスの皆が放課後野球をすると言った。
私はコーラスの練習があるので学校に残っていたが、どうしても野球がしたくなって練習をすっぽかして帰った。

翌日、母が、「ヒステリー」(M先生)がカンカンになって怒っていると言った。私は、練習のあるのを忘れていたとうそをついたが、ヒステリーは私が一人運動場を走って逃げていくのを見ていたというのだ。

まあ、おかげで今でも私は「夜汽車」の低音部を歌える。
というか、「夜汽車」は低音部でしか歌えない。
歌おうとすると、ドスのきいた低音になってしまう。