名誉革命について知りたくて、『GOING DUTCH』という本を読み始めたんですが、途中から、何の話か分からなくなってきました。
まあ、イギリスとオランダが、政治的社会的文化的に非常に密接な関係にあったということ言いたいのはわかるんですが、名誉革命はどこかへ行ってしまった感じ。
オランダのホイヘンス一族が登場します。
名門だったようです。
化学者のホイヘンスが、有名ですかね。
その化学者のお父さんが、オランダの政治と文化の世界で非常に大きな影響力を持ったコンスタンチン・ホイヘンス(1596〜1687)です。
影響力があったというより、政治と文化を動かした人みたい。
文学、美術、音楽にも非常に大きな影響力があった。
立派な人だなあと思って読んでたら、こんなことが書いてある。
「コンスタンチン・ホイヘンスは、その長い生涯にわたって、魅力的で、才能に恵まれた、知性と教養にあふれる女性に弱かった」
う〜ん。
「弱かった」という書き方、ひっかかりますが。
「好きだった」でいいんじゃないでしょうか。
「弱かった」というと、なんだか性格的欠点みたいに思えるんですが。
魅力的で才能にあふれて知性と教養に恵まれた女性が好きだったから、奥さんのスザンナさんもそういう女性だったみたいです。
哲学者デカルトが、『方法序説』を書きあげたとき、出版前にスザンナさんに批評と添削をお願いしてるんです。
もちろん、コンスタンチン・ホイヘンスにもお願いしてるんですが、「どんな哲学者の批評よりも、奥様の批評がためになります」と言ってます。
スザンナさんは子供5人を残して若くしてなくなるんですが、コンスタンチン・ホイヘンスは、奥さんをほめたたえてます。
ほかの才能ある女性たちにも、詩や文章をささげたりしてほめまくってるようで、著者は、そういうとこを「弱かった」と言ってるみたいです。
が、弱いばかりじゃない。
スザンナさんの死後、スザンナさんの姪が、残された子供とたちの世話をするためにやってきて、40年間ホイヘンス家に尽くして亡くなります。
彼女が亡くなったとき、ホイヘンスはこう書いてます。
「彼女は、絶えずべらべらしゃべりまくり、くどくどと愚痴を言い続け、人のおせっかいを焼き続け、そして死んだ」
たいへんでしたねえ。